藤原学園の『年中夢求』日記

〜今日も顔晴るみんなへ〜

天体スペシャル!6月実験学校

森山's Honey Buket 360

6月2日3日に実施予定の「星くずの村」実験学校は「天体スペシャル」だ。

かつて合宿に参加してくださった方にはご記憶もあろうが、小豆島の星空はとにかく美しい。

普段明るい街の夜では、心して星空を見上げる機会も少ないが、島の夜は空の星が近い。


今回の天体観測は、そんな美しい星々に子どもたち共々酔いしれようと、人工的な灯りが殆ど届かない場所まで移動して行う予定だ。


以前、そんな場所にスタッフだけで出向いたことがある。
文字通り降るような星空は、僕には「美しい」というレベルを超え「恐ろしい…」とすら思えた。(語彙力貧困)

そんな体験を子どもたちともしてみたい。



メインはもちろん本物の天体に触れる天体観測なのだが、他の実験や工作も天体にまつわるものを企画している。

そのうちの一つが、「プラネタリウムを作る」だ。

なかなかの大工作。75分間の授業時間内に、各自が満足な作品を仕上げるためには、ある程度下準備を進めておく必要がある。
目下、学園スタッフの手をたくさん借りて、準備を進めている。



学生時代の文化祭、友人を我が家に招くとき、家族旅行…どれをとっても、本番に向かう準備に心踊ったものだ。


6月の実験学校で、子どもたちのたくさんの笑顔が見られるよう、心弾ませながら、今しばらく準備を楽しもう!
(手伝ってくださっているスタッフの皆みなさんに感謝!!)




↑試作品

訃報が入った。

●むこう向きのおっとせい その444


吹く風が爽やかな季節になった。


この時期になると散歩したくなる。


ここ最近また恩智川の川沿いを歩いている。


以前は駅側に向かって歩いていたのだが
今年は反対側を歩いている。


これがなかなかいい。


車進入禁止の道を歩いていくと、
道端に花が咲き、草が生い茂り、
川には大きな鯉がたくさん泳ぎ、
サギや鴨などの野鳥が生息する。


散歩コースのゴールの花園遊水地の広い敷地には、
緑が溢れ、鳥のさえずりがあちらこちらから聞こえる。


ベンチに座って、風に吹かれて、本を読んでいると
あまりの心地よさに時を忘れてしまう。


こんな身近なところに、
こんな素敵なところがあるなんて幸せなことだ。


遊水地を歩いていると、オヒシバが生えていた。


その昔ヒゲ先生が、
私市に遠足に連れて行ってくれた時のことを思い出した。


その時にオヒシバを見つけては、
「こうやって草相撲が出来るぞ。」と
オヒシバをくくったのを2つ作って
やり方を教えてくれた。


みんなで夢中になって競ったものだ。


オヒシバを手にとってやってみたが、
独り相撲はやはり寂しかった。



ヒゲ先生が生きていたら94歳。


ふとしたことで思い出す。



と書いていたら、訃報が飛び込んできた。


57期の若江校出身の前川くんがバイクの事故で亡くなった。


バイクでこけたところをトラックに轢かれたらしい。


20歳という若さだった。


あまりにも早過ぎる。


悲し過ぎる。


非常に残念だ。


バイクは怖い。


これで何人目だろう。


バイクに乗っている人、くれぐれも無理をしないように。


私より先に逝ってはいけないのだ。



前川くんのご冥福を心より祈ります。



合掌。

喜びひとしお

森山's Honey Buket 359

胸膨らませ期待していたことを諦めるのは辛い。

しかし一発逆転?諦めざるを得ないと覚悟していたことが上手く行ったときの喜びはひとしおだ。


いや何も、そんなにたいそうな話ではないのだが、このGWの天候が、僕にとってはその一発逆転だった。


二度にわたって延期していた今年の富士山見学ツアー。1回目はインフル。2回目は豪雨。今回ばかりは決行するぞと宿も予約していた。

一目だけでもいいから富士の勇姿を仰ぎたい。

しかし、週間天気予報を見て「あ~あ…」出るのはため息ばかり。よりによってその期間だけ曇/雨…トホホ…


開き直って、富士山麓の空気を吸いに行こう!それで良い!富士山は何も晴れているばかりが富士山なのではない!自分に言い聞かす日々だった。


出発のとき。覚悟を決め、しかし一縷の期待を胸に愛車のハンドルを握った。実験学校から帰宅して半時間。これから夜を徹して高速を走る。


途中浜名湖SAで嫁に運転交代。富士川SAで息を吹き返し、一路富士五湖のひとつ山中湖へ。


山中湖到着午前3:30


そこから奇跡続きでした。
(ここから文体を敬体に)


なななんと3日連続して、憧れの富士を見上げることが出来ました。


何度も何度も神様仏様にお礼をつぶやきました。


そんなこんなの僕と嫁の喜びの富士山ツアー、ちょっと見てやってください。

































ゴールデンウィークが終わったl

●むこう向きのおっとせい その443

4月30日の実験学校の解散式が終わった後から
ゴールデンウィークがスタート。


FFCの面々と落ち合って、夜行便でまた島に戻った。


5月3日までの合宿だったのだが、
2日、3日は天気が悪いとの事だったので、
1日は夜どおし釣ろうということになった。


最初にまずキスでも釣って、
それから大物を狙おうと
ダイヤモンドビーチに釣行した。


しかしながら食いが渋く
キスはなかなか釣れない。


初めて釣りをする子もいたので
釣り方を教えながら釣ったのだが、
結局キスは私の釣った2匹だけで、
後はガッチョが数匹という寂しい結果だった。


その後坂手港に場所を変えて再び釣り開始。


しかし今年はほんとに厳しい釣りだった。


穴釣りをしたメンバー(メンバーという言葉の響きが微妙だ)は
ガシラを何匹か釣っていた。


初めて魚を釣ったメンバーもいたので、
釣れて良かったが、ロッドを振り続けた私は1匹も釣れなかった。


みんなは仮眠を取ったが、
私は一睡もせずに釣り続けた。


夜中に釣ることは今までなかったので
いい経験にはなった。


2日目は場所を替えて
雨の中でも釣ったのだが、やはり釣れなかった。


昼は毎年行っている素敵な店で昼食を取り、
夕方には納竿して宴会の準備。


FFCの合宿では、この宴の時間も釣りと同じくらい楽しい。


真夜中ま会は続いたが、
これはFFCの釣り合宿だ。


朝は4時に起床するぞとみんなに告げて、
楽しい会はお開きとなった。


朝4時私が目覚めるとみんな爆睡。


起こすのは可哀想とは思ったのだが、
4時20分に悪魔の鐘を鳴らしてみんなを起こした。


今度は場所を福田港に替えて釣り開始。


風が強すぎたが、大きな船に風を遮ってもらって釣りをした。


ここは魚影の濃いところで、
MちゃんとY君が20センチオーバーのキスを釣りあげた。


来年はここをメインに釣ろうと思った。


昼食を取ってから、場所をまた坂手に替えて最後の釣りをした。


2泊3日、ほんとに釣りまくった。


睡眠時間は極端に短く、
釣果はまったく満足のいくものではなかったけど、
ほんとに楽しい合宿だった。


また次回が非常に待ち遠しい。


その余韻が残る中、
5日は蒐英バンドの同窓会があった。


今年も懐かしの面々が十三の『ドリームロード』という
店に集まって、バンド演奏しながら飲み食い歌いを楽しんだ、


今年はバンド仲間ではないが、
仲良くさせてもらっているO君の還暦祝いもしたので
より賑やかだった。


気の置けない仲間と
昔に戻り、懐かしの歌を酒を飲みながら歌う。


ほんとに至福の時間だった。


これも来年が待ち遠しい。



充実したゴールデンウィークが過ごせた。


今日から中間テスト対策が始まる。


養った英気をおおいに発揮して、
仕事を頑張ろう!



ではまた。





























4月実験学校

今、実験学校の帰りのフェリーの中。


子どもたちは先生を囲んで
小さい子から大きな子まで、
学年を超えて、いろんなゲームに興じている。


なんとも微笑ましい光景だ。


今回のテーマは
「電気•電子スペシャル」


私は1時間目の「電気の怖さと面白さ」
の実験を担当した。


スライダックスを使って100ボルトを触る、裸電球のガラス球のない電球に電流を流す、わざとショートさせる、静電気でシャボン玉やビニール紐を浮かせる、人間ソケット、発電の原理、食塩水に電気を流して裸電球に灯をともすなどなど。


盛りだくさんの実験だったが、子どもたちの反応はまずまずよかった。


その他の実験として、信号機を作る、電子サイコロを作る、電気ペンで絵や文字をかく、銅のメダルを銀色のメダルにすると、多様な実験に子どもは嬉々として取り組んだ。


これらの実験を通して、電気への関心が高まれば、ゆうことはない。




天体観測では木星の観察。


望遠鏡でガリレオ衛星を観た。




朝は胴付き仕掛けでフィッシング。


今日も釣れたのは3人と厳しい釣果だった。


最近なかなか思うように釣れない。


気温も上がって来たし、そろそろ釣れてもいいのだが。



今回嬉しかったのは
実験学校の卒業生5人が10年ぶりに参加してくれたこと。


小学生だった彼女たちも
23歳の女性になっていた。


5人中、3人は医学生。


実験学校の卒業生で医師になっている数は、
相当数に上ると思われる。


彼女たちは時間を惜しむように、
村での時間を過ごした。


帰り際に、スタッフのSちゃんが偶然に、
久しぶりに来た卒業生が、小学生の時に作ったであろうカルピスの入れ物を見つけた。


彼女達は、自らが小学生の時に書いた自分の名前を見て、大いに感慨に耽っていた。


こうして、久しぶりの卒業生が訪ねてくれること、そしてそれぞれの心の中に
島で過ごした時間がいい思い出として残っていることがことのほか嬉しい。


まだしばらく訪ねて来る卒業生のためにも、
今しばし頑張って続けよう。



ではまた。

子どもたちと育ち合える喜びを感じつつ

森山's Honey Buket 358

10日間の入院生活を終え、やっとの思いで娑婆に戻った。
とは言え、まだ食べものには制限が多く、いたって好きなアルコールや珈琲も今暫く我慢を余儀なくされている。


しかし、子どもたち相手に授業が出来るようになった喜びは大きい。
今日の授業は上手くいかんかったなあ…と、相変わらず反省も多い。

それでも1日を終え教室を出るときに、なんかニンマリしてしまうのは、やっぱりこの仕事が好きだということなのだろう。



さて昨日、探し物をしていたら、ふと懐かしいものが目に止まった。


上本町校校長時代に出した新聞チラシの中の挨拶文だった。

読み返すと、そこに書かれていた子どもたちとの場面がありありとよみがえり、「そうなんだよなあ……」と一人で感激した。




子どもたちと育ち合える喜びを感じつつ

と題したその挨拶文は…





「でも……このコマユバチとしては こんなふうにしないと 生きられへんかったんちゃうの?」



小学3年生の子たちと、春のキャベツ畑から採集してきたモンシロチョウの卵や小さなアオムシを飼育・観察していたときのことでした。


いっぱい食べていっぱいフンをし、脱皮を繰り返して まもなく“さなぎ”へと成長を遂げる終令のアオムシ。


が、そのアオムシの背中が突然裂けて 中から小さな幼虫がウジャウジャ無数に這い出してきたのです。
(これがアオムシコマユバチなのか……知識としては知っていたけれど)


子どもたちに直視させるにはあまりにも凄惨。
教科書や参考書・図鑑でも、まして児童用教育ビデオなどでは お目にかかることのない衝撃的情景でした。


驚きの次に私と子どもたちに同時に湧き上がったのは、このウジャウジャの小さなヤツに対する憤りでした。

卵や一令幼虫から育て まもなく羽化するモンシロチョウ。その可愛い姿を思い描いてきた我々には、夢を叩き壊したコマユバチの存在が許しがたいものに思われたのです。
皆、口々にそんなことを言い始めました。



と、その時でした。ある男の子が、小さいけれど はっきりした声で

「でも……このコマユバチとしては こんなふうにしないと 生きられへんかったんちゃうの?」

と言いました。


我が耳を疑いました。

もう一度彼の言葉を反芻し、やっと彼の真意(コマユバチの立場から考えた「生」)を納得することができました。

周りの子たちも何かを感じとったようでした。


「そうだったんだ。これこそが『自然』なんだ……」


とても大切で、大きなことを 私は子どもから 授業中に教わりました。





理科実験や観察は筋書きの決められたショーではありません。

授業ごとの 小さな発見や喜びが こつこつと積み重ねられて やがて確固たる自信を築くのです。


知識やテクニックのみを 競争させながら身につけさせる方法は一見たいへん効率的であり、成果は短期間に数値となって反映されることもあるでしょう。

しかしそれだけでは、本来 子どもの成長にとって大切にすべきことを軽視することになりはしないでしょうか?



藤原学園実験教育研究所 森山隆伸(上本町校校長・理科担当)



上本町校を任されて5年目、僕自身の思いや情熱が噴き出している文章だった、と感じる。



もはや、歳は取り故障の多い身体になって来た。

しかし、子どもたちに向ける情熱は錆びついたものにはしたくない。改めてそう感じさせてくれる時間となった。

4M 再集結す

ワクワクの土曜日担当、池畑ことあっくんです☆
本日も僕のヒトリゴトにお付き合いください♪

最近サボり倒しているので曜日を無視して書いています(笑)


2年前、こんなブログを書いていた。

fg1956.blog.fc2.com/blog-entry-1804.html


終わりに書いてある願望。

その願いを叶える日をついに迎えることができた。


4Mのメンバーのうち僕を含めて3人は所在が分かっていたのだが、残る1人はどこで何をしているのかも知らない。


ふと思い立って、繋がるかどうか分からない電話をかけてみた。



繋がった。



が、なんと所在地はシンガポール。


マーライオンのいるシンガポール。



これは当面の間、集結するのは無理かとあきらめかけたが、4月に一時帰国するという。

ここしかない。


話はトントン拍子に進み、去る4/8に願いが叶った。



僕達が映画製作の拠点としていた若江岩田校をお借りし、学園生といえばということですき焼きをつつき、そして一番の目的である卒業記念映画4本を上映。


映画製作時の思い出話に花が咲き乱れた。


改めて、密度の濃い時間を過ごしていたなと思う。



1本目である45期生の映画製作から17年。

4Mは今も健在(?)です。




Before
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After
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