藤原学園の『年中夢求』日記

〜今日も顔晴るみんなへ〜

完璧出遅れ、申し訳ありません。

森山's Honey Buket 357


相当出遅れました。

子どもたちも、先生方も、助手の皆さんも、張り切って新学期をスタートしたというのに…

新学期スタートのまさにその日、あろうことか緊急入院してしまいました。

上行結腸憩室炎ってのが悪化して腹膜炎を起こした…らしいのです。


お医者さんや看護師さんのお話を要約すると…

大腸の壁に開いた穴とその外側のちっちやな袋に、う○こが入り込んで炎症を起こし、ほったらかしてる間にまずいことになった、ということのようです。


「先生!せめて今日だけは何とか出勤出来ませんか?」

と泣きつく僕に

「そんな許可が出せるくらいなら、今すぐ入院しなさいなんて言いません!」

と叱る先生


「今日から少なくとも4日間は絶食です!
薬を飲む時以外は水も飲めません。

しかも安静にすること。
腸を動かしている限りは治りません。

入院はおよそ10日間。」



軽い気持ちで、ちょっと薬をもらいに病院に行ったつもりが、なななんという誤算!



とにかく学園の先生方に連絡しなければ!

そうだ、Y田先生に泣きついてみよう!(Y田先生は先日助手を卒業されたばかりの先生。)


どの先生方からも、仕事は心配せず早く治してくださいと、励ましの言葉をいただきました。

そんなこんなで、大勢の先生方に絶大なご迷惑をお掛けしています。



今日で3日目

あああ…

1日6本、四六時中点滴を繋がれ、ただベッドに横たわる…

この時間の長さ…

いつもは休日大好きの僕だけれど

仕事に行けない情けなさ&辛さ。

やっぱり自分の生活の中心は仕事なんや…と気づきました。




ふと、定年退職後の自分を思い浮かべてしまいました。

退職したら、毎日こんな空虚な時間になるの?

ウゥウゥ…お腹が痛い。


たとえあと何日絶食を強いられようとも、お医者さんの言いつけを守り、早く治って職場復帰するぞ!


戻ったら、皆さんどうか暖かく迎えてくださいね。お願いやから「もう要らんで!」なんて言わないでね!




最後に一言、ほんとうにご迷惑お掛けして申し訳ございません。











素敵な子育てをされましたね

森山's Honey Buket 356

先々週、ある卒業生のお母様がお亡くなりになった。

学園のことをいつも心から応援してくださった恩人と想える方だったので、驚きとショックは大きかった。
最期のお別れをしたかったのだけれど、春合宿中だったこともあり、それは叶わなかった。


卒業生Mさんは48期生。
学園上本町校の歴史に名前を刻む超頑張り屋さんだった。

彼女が自分の目標に向けて毎日毎日学園に脚を運び、少しずつしかし明らかに前進していく様子を、同級生たちはよく見ていた。


中3生で、やるべきことを自覚していない子はまず居ない。
ただ、親御さんや先生から、面と向かって「やりなさい!」と指摘されると、直ちにヘソを曲げて敵前逃亡を企てる。
それが一般的な中3だとも思える。


そんな言い訳名人の15歳たちも、頑張ってる友人から「一緒にがんばれへん?」って声を掛けられると素直に応じる。

やがてクラスの皆が、頑張る子たち、前を見つめる子たちの集団に変化していった。その頃を懐かしく思い出す。


他人を変革するエネルギーを持つ人がこの世には確かにいるのだ…しかもそれは年齢によらない。





彼女が学園に入学してまだ日の浅い頃、僕は自分の勝手な思い込みから、彼女のお母さんに「親の過剰な期待は子どもを潰す。お母さんはそうではありませんか?」と言ったことがある。

それがとんでもない誤りで、失言だったと、僕は後日思い知ることになる。

彼女の頑張りの背景に、お家が全面的に娘を信頼し、大きく包み込んで、余計な指示を一切口にされない方針であることが、はっきりと分かったからだ。

お母さんの肝の大きさは、娘にだけでなく、大口を叩く塾の若造をも包んでくださっていたのだ。




先日、お悔やみのメッセージを届けた時、思い切って、彼女に僕の過ちのことを打ち明けた。


母は私が藤原の仲間や先生に出会えたことをほんとうに喜んでいた。その話は母から聴いては無かったけれど、決して怒ってなんかいなかったと思うよ。きっと娘のことを真剣に考えてくれる人がいる…って喜んでた筈やわ…
と、慰めてくれた。そうであれば良いが…




彼女は努力が報われて憧れの高校に進学した。

1年足らずで…と仰天する程の成績の伸びだった。


合格の報告をした時、電話口の向こうで喜びのあまりただ泣くばかり、完全に言葉をなくした母に、やっとひとつ親孝行ができた気がした…と、彼女は回想していた。



「もりもり…健康管理ちゃんとせなあかんよ。うちのお母さんからの言葉やと思って、ちゃんと聴いてね。」


ラインのやり取りの最後に彼女が記してくれた言葉を、ほんとうに彼女のお母さんからのお言葉として大切にしたいと思う。



どうか安らかにお眠りください。

ありがとうございました。










卒業祝賀会

森山's Honey Buket 355

21日、蒐英舎第62期生の卒業祝賀会が本部校の天文教室で行われた。

僕は天文教室で行われる祝賀会が好きだ。

そこが学び舎であることも理由のひとつだが、広すぎず、身の丈にあった感じがしてとても落ち着く。



学園長から「失ったものを数えるな、在るものを最大限に活かせ」との、とても素敵なお話があった。勿論永遠の19歳である確認もしておられた。




今里本部校と若江岩田校のそれぞれの保護者を代表してお母さんお二方に祝辞を頂いた。

そのお二人ともが学園の出身者でおられるという奇跡と喜び。
心温まると同時に背筋が伸びる、感激の謝辞をプレゼントくださった。






そして、62期生共に学園を巣立たれる卒業職員3人を代表して、フランスパンこと米田先生が挨拶に立たれた。



米田先生は54期生。小学4年生の時から学園に通ってくれ、大学入学と共に学園の助手を務めてくださった。子どもたちの誰からも慕われる最上級に優しい先生だった。

「僕は先生として、本来君たちに教える側の立場だったはずだ。ところが実際には僕の先生が君たちで、計り知れないほど多くのことをあなたたちから教わった。ありがとう。」と話された。

いつも子どもたちのことを考え、悩み、そして正面から向き合ってきてくれた彼らしいお話だった。

高木先生、鬼つ先生、お3人の先生方、長い間ありがとう。お世話になりました。






第2部 アトラクションでは、先生方のダンスありバンド演奏や熱唱あり。

いつのまにこんな練習されたんだろう…って感心してしまう出来栄えだった。格好良かった!




今年の記念映画もたいへん素敵だった。とても凝った趣向でグイグイと引き込まれた。泣いたり笑ったり…誰もが感動できる素晴らしい作品だったと思う。

連日連夜作製にあたってくださった映画班の先生方に深く感謝します。ありがとうございました。



式の最後が近づき、卒業生代表の子たちからのメッセージを聞かせてもらった。

どの子たちも、上本町校・八戸ノ里校・若江岩田校・今里本部校で小さな頃から一緒に過ごしてきた子たちだ。どの子も大きくなったものだ。

この子たちが目の前に立っているだけでまさに感無量。









何日もかけて原稿を考えてくれた人。
原稿を忘れてしまった…と言いつつ、たいへんしっかり気持ちを伝えてくれた人。

それぞれがそれぞれの言葉で、自分にとって学園が大切なものだった…って語りかけてくれた。

たいへん立派だったよ。

ありがとう。



とても素敵な時間を頂いた。

来年も再来年も…ずっと、こんな豊かな気持ちで卒業生との別れを惜しむことのできる我々でありたい。









マグロのお刺身

森山's Honey Buket 354

公立高校入試も終わり、後は結果を待つばかり。
それぞれの子たちの夢が叶うことを祈るばかりだ。


ふとN君のことを思い出した。

以前…

受験校をどこにするか…の懇談をしていた11月のこと、彼は藪から棒に

「先生、おれ高校へは進学しないことにした。」
と、切り出した。

驚きつつも話を聴くと、和食の料理人になるための修業をする決心をしたのだ、と言う。

お家の人とも相談をして、翌週にはお父さんと、修業させてもらおうと思っている師匠のところに挨拶に行くつもりだと、熱く語った。


翌週、彼は
「春から修業させてもらえることになった。」と嬉しそうに報告してきた。


15歳なのに偉いなあ…と彼の決断を讃える気持ちと、

高校の3年間を通して、気持ちが本物かどうかを確かめてからでもいいのでは?という気持ちと、

僕にはどちらの思いも同じくらいあったけれど、彼の行動力 = 彼の気持ち だった。


その彼はその後、なんと冬合宿の徹夜学習もやり遂げ、卒業まで学園に通い続けてくれた。

「今、やらなあかんのはやっぱこれやから…」

彼のそんな言葉を思い出す。




1年ほど経ったある日、彼が教室を訪ねてくれた。

ひとつ下の後輩たちが、受験のために居残って勉強していた時だった。


「先生、これ見て。」

彼が大切に取り出したのは、師匠に見立ててもらったという刺身包丁だった。


刀身が細長く、とても格好良かった。


そしてにっこり笑いながら、これみんなで食べて…と、タッパーを手渡してくれた。


「まだまだやけど、おれが造った。」

マグロのお刺身がたくさん入っていた。


中3生たちととても美味しくいただいた。



N君、まだ修業中かな?ひょっとしてもう自分の店を構えたかな?





教えた子たちには

イタリアンの店を出した人
歯科医院を開業した人
お寺を継いでいる人
ガラス職人さん
町工場の社長さん
整体師さん
学校の先生
福祉士さん
飛行機関係のエンジニア
薬剤師さん
保育士さん
声楽家
看護師さん
大阪を遠く離れひとり勤務している人

母さんになって頑張ってる人

そして

藤原学園で共に働いてくれている相棒



それぞれが

それぞれの道で頑張っている。





合格発表をドキドキした思いで待つ62期生のみんな!

希望が叶えばもちろん最高!!

でも、もし万が一今回が、涙に暮れる結果になろうとも、君らが頑張ってきたことは事実なんや。

その時はその時、次にそれぞれの道で活躍出来る自分になろうね。



一歳年長の兄のつもりで

森山's Honey Buket 353

長らく投稿出来ませんでした。

何事も一旦止まっていたことを再始動するにはエネルギーが必要だなあ…と思いながら、画面に向かっています(笑)


普段の僕は、たいした拠りどころも無いのに「まあ行ける!」って物事を楽観的に捉えてしまう奴です。
が、このところ両肩にズシリと鎮座して、いっこうに立ち去ってくれない悩みがあります。

髪の毛が…とか、お腹のたるみが…とか言った類ではなく、この歳にして仕事のことで悩んでいるのです。

それも根源的?

目の前の子どもたちとどう向き合えば、より良い関係が築けるのだろう…といった切実な内容です。


「そんなに悩むなって!大丈夫やって!」と、いつものように楽観的な自分もいます。でも、「そうやんな…」って納得しても、気づくとそれはまた頭をもたげてくるんです。


信頼を寄せる仲間がいるのだから、相談すれば良さそうなのだけれど、情けないというか辛いというか、妙なプライドが働くというか…今のところ一人でのたうちまわっています。



そんな先日、学園創立50周年を祝して編まれた冊子に眼が止まりました。12年も前、ひげ先生がご健在でおられた頃のものです。

冊子中、卒業生(蒐英舎同人)が寄せた文章が多くあり、そのひとつに自分が書いたものもありました。

懐かしさと、何を書いていたんやろう?との好奇心もあって、再読してみました。

以下、その文からの引用です。


(前略)

トリノオリンピックに出場できた選手の世界全人口に占める割合は0.00000038だったそうです。

スポーツのできる子もあれば、できない子もある。
成績が優秀な子もいれば、そうでない子もいる。
器用な子もまた不器用な子もいる。

多くの子たちは、自分にとってできることと、たくさんのできないこととを持って生きている。

しかし、
「他人を思いやるやさしい心を持つ人になること」

「自分の夢を見つけたとき、そのことに一所懸命打ち込める人になること」

「自分を支えてくれる周りの人に、日々感謝の気持ちを持つことのできる人になること」

これらは一握りの子どもに与えられた特権ではなく、多くの子どもたちそれぞれの心の中に育てていくことのできる大切なことだと思います。


子どもたちの心の中に「自信の芽」を育み、将来それぞれが、その自信を拠り所に「思いやり」と「行動力」に溢れ、かつ「感謝」を忘れぬ豊かな人生を歩むことを期待して

いつも一歳年長の兄のつもりで

子どもたちを見守り続けること…

それが「藤原学園の教育」ですよね、ひげ先生…

36年間、ひげ先生のそばに居て、途切れることなく先生から感じ続けてきたことです。

(後略)

と、僕は綴っていた。

尊敬するひげ先生へのラブレターみたいな文だった。


でも、その頃の自分を確かめることもできた。




目の前の子どもたちの人生を、必ずより良きものにしよう!とたえず考え、一歳年長の兄のつもりで接する。


基本に立ち帰り、そこからもういっぺん再出発。

捲土重来を期すことにしよう!


















転んでもただでは起きない

森山's Honey Buket 352


新年明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。



年末に体調を崩してしまった。


夫婦で年初めの恒例行事としている「新春の富士山を拝もう!」に、元旦夕刻から出掛けるつもりだったが、寄る年波、そんなに劇的に回復する訳もなく、泣く泣く断念。


「今回は何処から富士を仰ごうかしら?」
この1ヶ月、コースの下調べに余念のなかった家内には、すまないことをしてしまったが、
さすがに「君一人で行ってきてくれる?」と言える距離でも無いので、家内の行き先は、富士山→若江の実家に変更してもらって、親姉妹と共に盛り上がってもらうことにした。



一方自分は…布団の中で何か出来る良いことはないか?と考えて、オーソドックスではあるけれど、棚に眠っていた未読の本を読むことにした。



超ご近所にお住いの作家だったのに、今までスタート出来ていない、司馬遼太郎さんの本を読むことにした。
『この国のかたち2』(文春文庫)
『この国のかたち3』(同上)
『日本史探訪』(角川文庫)



稀代の歴史小説作家は言っている。

「これまでに調べ考察してきたこの国の習俗・習慣、思考や行動の基本的な型を、私なりに切り刻んで大鍋に入れ煮詰めている。
読者自身がその鍋から、日本人の本質というエキスを取り出して欲しい。」と。



読み終えて、自分は司馬さんが期待した読者では無いことは分かった。

が、改めて「博識っていうのはこんな方のためにある言葉なんだ…」と感心しつつ、たいへん面白く読めたことに満足した。


自分の読み進め方をいつもの読書とは少し変えてみた。そのことが読後の満足の後押しとなった気がする。


具体的には、読み方や意味がわからない言葉に出会うたび、この地名はどこ?この本・人物・事象をもう少し知りたいなあと思うたび、湧き出た小さな疑問や欲求を、枕元に置いたスマホをフル活用して片っ端から調べつつ読み進めたことだ。


「親鸞が著した『歎異抄』の教え」や「西郷が西南戦争に向かわざるを得なかった真実…」「室町時代の持つ大きな意味」などなど、今まで知っているつもりで実は知らなかったことをたくさん学ぶことができ、こんな歳でも素直に喜べた。




静岡や山梨から見られただろう景色とはまた違った素敵な景色を布団の中から眺めることができた。



冬合宿3日目

森山's Honey Buket 351

小豆島冬合宿3日目、ちょうど中日を迎えた。

小5生から中3生までとてもよく勉強している。


1班4人までのグループに先生が1人ずつ。

次から次へと湧き出す質問に、どの机でも先生方はてんやわんや。嬉しい悲鳴だ。

今回は各自の弱点対策のために個々別々の教材を用意したのだから、疑問点???がいっぱい出て当然だ。


一つでもたくさん理解して、満足感を胸に最終日を迎えて欲しい。



今回参加してくれた小学生に、3泊4日の夏合宿最初の夜からホームシックになった子がいた。

1日に1回は電話で母さんの声を聞き、励ましを受けてなんとか乗り越えた。


どうするかなあ…きっと冬は参加しないだろうなあ…と、内心思っていた。

ホームシックはだいたい黄昏時に襲ってくる。冬は早く日が暮れる。夜は長い。しかも、今回は4泊5日とロングだ。


ところが、この子は参加してくれることになった。本人と送り出してくださったご両親の決意をとても嬉しく感じた。



「星くずの村」へと歩いて向かう坂道で、彼といろんな話をした。


「勇気をもってよく来てくれたね。」と励ますつもりで言った僕の言葉に、

彼は「うん、でも…さみしくなったらどうしよう…」と、力なく返答した。


先生とお話ししよう、とか

ときどき電話でお母さんの声を聞こうか?とか

話したのに加えて


「そんなときは、お月様とお話しするといいよ。

お月さまはいつも笑ってこちらを見てくれているやろう?」

と話した。


ちょうど南のまだ明るさの残る空に、上弦の月が明るく輝いていた。

意外にもしっかりした声で「そうやな、それがいい。」と彼は言った。



3日目を迎えた今朝、

「よくがんばってるな!」と声をかけると


「うん、お月さんとお話ししてるもん!今日も晴れるかなあ…」

と、にっこり答えた。


「今夜も晴れや!お月さんは昨日より丸く明るいで!」


可愛いなあ。

彼なりにしっかり闘ってるんやなあ…

と、成長を感じた。

あと2日!頑張れ!




今年もあとわずか。

1年ありがとうございました。

来たる年が皆様方にとって素敵な年となられますように。


もう12月…ですね

森山's Honey Buket 350

「おっ、寒…」

期末テストの日曜勉強会を終え、すっかり真っ暗になった空を仰ぎ、チャリンコにまたがる。


今日もたくさんの質問に付き合った。

「わかったわ!」の言葉を聞くと嬉しい。

テスト本番で解き方をちゃんと思い出してくれたらええけどなあ…


「質問したのとおんなじ問題出てん!せやけど…でけへんかった…」

そんなセリフに、今まで幾度肩を落としてきたことか…



道すがら、換気扇からこぼれ出した夕餉の香りにときおり鼻をクンクンさせつつ、ペダルを漕ぐ。


自宅前にたどり着いたとき、お向かいのお家の壁面が美しく輝きを放っていた。

とても綺麗…クリスマスの電飾だ。

足元にはサンタやトナカイも輝いている。

年長組のおてんばなお姉ちゃんと弟ふたり。

3人姉弟のために頑張って壁に取り付けたのだろう、お父さんとお母さんの姿が目に浮かんだ。

もうそろそろ12月なんや…




日曜の夜はたいてい、食後程なく目が閉じる。

まだ8時になるかならないかからベッドに移動、すぐに意識が無くなる…ということも珍しくない。

調子に乗ってアルコールをあおるのが理由だ。



でも、この日は少し気分が違った。

このところ毎年、忙しい…を理由に、家内にまかせてきたクリスマスツリーを、自分で飾ってみよう!と思い立ったのだ。



僕は遠い昔、夢があった。

クリスマスのとき、家族皆で楽器演奏をすること。

そして、大きなクリスマスツリーを飾ること。



演奏会の夢は… それを夢見ていた当の本人の僕が、家族で唯一なんの楽器も演奏出来ない奴に終わったせいで、虚しく頓挫。バイオリン習ってたときもあったのになあ…(笑)


が、クリスマスツリーの方は夢が叶った。

我が家の息子・娘が小学校低学年だったとき、親子4人でツリーを選んだ。そして毎年少しずつ飾りを買い足したものだった。

子どもたちが大きくなっても、12月になると押入れから引っ張り出され、家族の誰かの手でその年のツリーがずっと飾られてきた。


飾り物を納得した場所にぶら下げられるよう、短い手を精一杯伸ばしたり、背伸びしたり。
何度も脚立に乗ったり降りたりして眺めたり。


さてどれくらい時間が経ったものか…

やっと飾り付けを終えたツリーを前に、レコードを聴いた。


おっと、娘のところに写メを届けておこう!

「今年は父が飾った。旦那さんと二人で見にきてや~」の後に、

「早く孫のサンタさんになりたい…」

と書き添えたい気持ちはグッと我慢した。









前向き思考

森山's Honey Buket 349


「ピピピッー!」

甲高いホイッスルの音が後ろから聞こえた。

ちらりと振り返ると、そのホイッスルは警官が吹いていたものだと気づいた。


可哀想に誰か捕まりよったんか…


何事もなく、原付バイクでそのまま行き過ぎようとしたその時、

「ピピピピッ」と再び鳴らす警官が指差しているのが、まさかの自分だってことに気づいた。


自分が?何故?理由は????



「そこの『止まれ』で、一旦停止されなかったですよね…。確かに減速もしていたし、右方向の目視もしていました。が、ちゃんと脚をついて止まって無かったですね…」


物腰は柔らかく、丁寧な口調ではあるが、
決して「今回だけは見逃してあげる…」的余地が感じられない、毅然とした物言いだった。



万事休す



「2点減点と5000円の反則金が課せられます。」

宣告は事務的で冷たく思えた。(確かに感情移入が多くても困るが…)




嗚呼…

5… 5… 5000円も罰金か…

爪の先に火を灯すような慎ましい生活をしてることを知らんのかい!

普段は近所の子どもたちも納得するほどの安全ドライバーやねんぞ!

世の中にはもっと悪質な奴がおるやろう!そっちを捕まえてくれ‼︎

頼むわ!見逃して!


散々文句や懇願の言葉が思い浮かんだ。(当然口に出す勇気は無い)


「僕の脚は短すぎて地面に届かないんです!って言えば、お巡りさんも納得して許してくれたかもしれんのに…」と、後で中2の女子がアドバイスをくれたが、その時は思いつかなかった。





反則切符を切られ釈放された後、超模範運転で教室に到着してから、考えてみた。


罰金が課せられたからこそ、
もう同じ失敗はしないでおこう!って思えるんや…

あそこで見逃してもらったら、やっぱりまた、同じことやっちゃうよね…


一旦停止だけやなく、スピードも、信号も、
普段まあええか!って感じで勢いで犯してしまっているチョイ違反がある。


もう罰金は懲り懲りや!との思いから、きちんと違反0の自分に変身したらどうだろう?


そうすることで、大きな事故を未然に防げたり、大難を小難に留めてくれたりに繋がるのかも。


きっと今度の5000円は人生の役に立つはずや!
人生万事塞翁が馬…


どこまで、前向きやねん!
と、少し呆れもするが、
今回の失敗を生かすことにしよう。



今から反則金振り込んできます!





PS
振り込み窓口で飴ちゃん3個貰いました。
1個1666円!ありがたく舐めることにします。

学園新聞『COSMOS』まもなく発行

森山's Honey Buket 348


久々に学園新聞『COSMOS』を発行する段取りになり、原稿作成中の日々です。

それに併せて「星くずの村」で3泊4日の夏合宿を過ごした子たちが、帰りの船中で綴った文章も全員分掲載することとなりました。


北日本では紅葉が見頃?というこの時期になって、夏合宿の作文?ってどこか奇異に感じられるかも知れませんが、そこんところは目をつむっといてください。


参加してくれたみんなに、楽しかった夏合宿を振り返ってもらいたい…というのもあるけれど

保護者の方々や不参加だったみんなに
合宿ではどんな経験ができるのか
参加者たちはどんなことを感じているのか…
ってことを知ってもらいたくて
掲載を決めたのです。


合宿の素敵なところもそうでないところも
参加者全員の「生の声」を一切の修正なく
あくまでも原文のまま活字にし、収録しています。
乞うご期待!



本編前のインロトの部分だけ、予告編としてアップしておきます!




2017年夏3泊4日で開催された「星くずの村」での夏合宿。参加した皆さんの感想文をお届けします。ご覧ください!


大都会大阪の日常では体験し難い「未知の時間」がそこにはいっぱい。

蝉の声が響く中での学習。

煌めく満天の星を仰ぐ天体観測。

海辺の生き物を手にしたときの不思議な感触。

降りしきる陽光の元、20キロを歩き切ったオリエンテーリング、そして登山。

大海原を行く5kmのボートツーリング。

空中高く舞い、水しぶきを立てたプール。

キャンプファイヤーの炎を囲み、各班趣向を凝らしたリクリエーション。

美味しかった夕餉そしてすき焼き。


クラスや学年の枠を超えて広がったコミュニケーション。



知らなかったことを知る喜び。

出来ないって思いこんでいたことを乗り越えたときの自信。

小さなことの蓄積でいい。

どうか素敵な想い出を語れる大人になって欲しい。


※全ての表記は生徒の皆さんの感想文原文に忠実にしています。お見苦しい点はお許しください(笑)




そんな『COSMOS』間も無く完成です!
出来上がったらみなさんのお手元にお届けしますね。

匂い袋

森山's Honey Bucket 347


金木犀の花が香る頃となった。

人によって好き嫌いは分かれるようだが、僕はこの香りが好きだ。

教室の東隣のお家に大きな金木犀の木があるので、吹く風が爽やかになって来たこともあって、窓を全開にし、香りと風を楽しみながら授業をしている。



秋に漂うこの香りが、まだ金木犀という植物によるものだと知らなかったほどの昔。
好きだった女の子から金木犀の香りの匂い袋をもらった。
甘く豊かな香りのする小さな巾着袋の中をそっと覗くと、橙色の小さなかけらがたくさん入っていた。


好きだった子から、手作りの匂い袋をもらう…って、それは何?うまくいったってこと?
などと思ってくれたあなたに、正直に言う…



転校することが決まった僕が、意を決して書いた「告白」の手紙に、その子が返事の手紙をくれた。
その手紙に添えられていたのが金木犀の香りの小袋だった…ということ。



遠くへ行っても元気でね

yours ever



手紙には僕が期待していたような言葉はなかった。


だから…、金木犀の香りは、初恋が実らなかった切ない想い出を、この時期微かによみがえらせる。



あれから43年か…

まあ、想い出というのはたくさんあるほうが、きっと幸せなのだろう。









常識?

森山's Honey Bucket 346


小学1年生の秋の遠足。

行き先は枚岡公園。


僕はそこで自分史中「三大決闘」のひとつにあたる古川君との死闘を演ずることになる。


取っ組み合い引っ叩きあいそして泣きあった。


原因はドングリの取り合いだった。


見つけたドングリを巡り、互いが「ぼくのドングリや!」っと譲り合わなかった末の大げんかだった。



だいたいはこういうことだったのだろう…


素敵なドングリを見つけ「いいな!」と思った瞬間に、別の子にそのドングリを取られた。


「おまえがいま手に取ったドングリは、おまえが拾うより前にぼくが『いいな!』って見つけてたんや!」言い分はこんなことだろう。


理屈から言えば、先に拾った子の方が、ドングリを見つけたのも早かったはずである。


でも、この子からすれば、あくまでも自分が見つけたのもをおまえが後から横取りした…と言うことになる。
この子の中では正しい主張なのだ。


ぼくと古川くんのどっちがどっちだったのか、51年も前のことで思い出せない。


それぞれ譲ることのできない正義をかけた決闘だったわけだ。



人の「主観」とはそんなものだ。



幼い子どもに限ったことでなく大人だって、人は主観を元に善悪を判断する。


自分が正しいと信ずる立ち位置に固執すれば、必然的に相手が間違いという結論しか出て来ない。





「主観」が近隣の者の援護を受け、いつの間にか鎧をまとい大手を振って歩き始めると、その人にとっての「常識」が出来上がる。



ぼくは今まで幾度となく、「君の行動は常識が無い!」という言葉だけで生徒諸君を叱ってきたことがあった。

短期決着を目指すあまり、自分が正しいと信ずる「常識」を振りかざす一方、説明や指導が欠落していた。

正しい叱り方ではなかった…と今さらながら恥ずかしい。




何が常識で何が常識ではないのか…は人それぞれ千差万別なのだ。



良き指導者を目指すのならば、自分の考えを伝えると同時に、相手の持つ「主観」を確認し、ときに議論する覚悟も懐に持っておかねばならない。























果報者です。

森山's Honey Bucket 345


19:40

中3理科の授業で実験室に上がると、カーテンが閉まっている。

扉を開け、カーテンをひらくと部屋は真っ暗。



せーの

ハッピーバースディ ツゥユー ♬ ♪ ♪

もりもり、お誕生日おめでとう!



まったく予想していなかったので感激ひとしお。


おまけに、似顔絵を囲むようにみんなが書いてくれたメッセージまでプレゼントされた!



「今日は判定テストね~」と宣言するのが若干ためらわれた(笑)





このところ、子どもたちと一緒に居ても
“どこか寂しい感”を味わうことが多かった。


子どもたちに悪気がないことも、また特別意地悪をされているわけでないことも、分かってはいる。


でも、以前には気づくことのなかった
“子どもたちとの距離”を感じ、無性に寂しいなあ…と唇を噛みしめることがちょくちょくあったのだ。


より歳若い先生方や助手の先生方への嫉妬心…とも言えるだろうか…



もう、この仕事もそろそろ引き際か…
でも、未練は残るし…

おっと、生活出来ん‼︎



今日の子たちは…
ひょっとして
そんな僕の寂しげな後ろ姿を日々感じてくれていたということなのか?


だとしたら、ますます優しい子たちだ…


たしかに元気をいただきました。

ありがとうございました。




真也先生をはじめとする専任の先生方にも

僕の大好きな鳥貴族で、テーブルからこぼれ落ちんばかりの皿数の大祝宴を開いていただきました。ごちそうさまでした。





来年の誕生日まで生きてられるんかいな?

ふとそんな不安もよぎりるほど、自身が果報者であると感謝できた1日でした。




















蟻になる

森山's Honey Bucket 344


山の中では人は蟻のようになる。

人は山でだんだん小さなものになり始める。

大きな自然に包まれて、解放され、興奮する。


深い霧の中を歩いていて、突然視野が開けることがある。

思うがままにならないこともまた山の魅力のひとつだ。


つらさも楽しさも分かち合うから、一緒に山を歩くと、その人との距離が近くなったと感じる。



自分の言葉のごとく書いてしまったが、実は山に魅せられたある随筆家が、著書でこのように語っている…と新聞のコラムにあったのだ。




ハイキングとも言えるほどの登山経験しかない僕だが、この夏は心に残る山行きを3つもすることが出来た。


①合宿で小学生諸君と登った寒霞渓登山

②お盆の休みに家族と登った白馬の八方池

③里帰りした娘と登った金勝アルプス天狗岩



どの山も、滴る汗と格闘しながら、ゼーゼーハァハァの時間だったけれど、一歩ずつ歩みを重ねたご褒美かな?頂上からの展望は最高だった。

そして、一緒に登った人たちとの距離も心もち近くなった気がした。




























イ・ノ・シ・シ

森山's Honey Bucket 343


育英西中学の合宿最終日、朝に担当の授業が無かったので、夏合宿で小学生たちが登る予定の「寒霞渓から星が城山」への遠足登山の下見をすることにしていた。


「寒霞渓」は日本三大渓谷美と称せられる名勝地で、小豆島最大の観光地。
「星が城山」は小豆島一の高峰である。



遠足の行程

まず麓の石門堂から標高差390mを1時間少しかけて寒霞渓まで登る。通称「裏八景」。花崗岩が侵食された奇岩が楽しめる。

寒霞渓では中休止。
渓谷美を堪能し、クールダウンも兼ねてお土産物屋を覗き、水分やエネルギーの補給後、名物?1億円のトイレで用を足して、後半の登山に挑む。

目指すは小豆島最高峰、かつ瀬戸内海で最も標高の高い「星が城山(817m)」。休憩ポイントからはあと標高200mと少しを登る。


山頂には昔の要塞跡があり、開けている。

そこに立てば、眼下にはたくさんの島が浮かぶ瀬戸内の景色が広がり、遠くには讃岐山脈越しに四国山地の山々も一望できる。


山の緑。空と海の青。眩しい陽光。麓から駆け上がる風。


汗をかき息を切らせて登った後には、これらのご褒美が待っているのだ。

きっと子どもたちも喜んでくれる…



そんな遠足を安全に成功させるためにも下見は欠かせない。


チャンスは育英西合宿の最終日だった。
6:00には登り始め、10:00迄には「星くずの村」に戻って、閉校式に参加する計画を立てた。



5:00に起床、用意を済ませて出発地点へ移動。

5:50 目指す「星が城」へ向け登山をスタートした。


早朝の朝靄に包まれ、石畳の箇所は足が滑るところがある。しかし子どもたちを引率する時間帯は大丈夫だろう…

6:40 寒霞渓着 誰もいない寒霞渓は初めてだ。1億円のトイレはこの時刻まだ自動扉が開かない。まあ、想定内。


寒霞渓そばの三笠山から星が城西峰を経て主峰の東峰へ。地図看板を確認していると、登山道ではなく遊歩道となっている。
「ゆっくり歩いて40分!」なるキャッチコピーもあった。


ずっと登りが続くが、遊歩道だけあって歩きやすい。頭上は左右の大木の葉が生い茂り緑のトンネルになっている。
夏の炎天下、緑のトンネルは子どもたちを守ってくれるに違いない。


これはいいコースだ。


そんな思いで歩き続けていると、遊歩道の左右の土が不自然に掘り返されたような跡が多く見られる場所に来た。

そしてその不自然な掘り返し跡はほぼ途切れることなく連続的に行く手に続いていた。



ゾワっとする感覚があった。

もしかして…

程なくして勘は的中していたことを知る。



進行方向の左側の草だか小枝だかがガサゴソ鳴った。

と、ほぼ同時に豚の鼻音そっくりのブーブーという鳴き声が、間近から聞こえた。


ついに遭遇してしまったかっ!

全身に緊張が走った。

イノシシだ!


相手を刺激してはならないと聞いていた。

走って逃げることはもちろん、立ち止まって武器を片手に挑んで行く…ようなことは厳禁らしい。(勿論そんなことはよーしないが…)


自分なりに冷静を装いゆっくり歩みを進めながら、必死の思いで左側に意識を集中させていた。

その時、藪の音と鼻音が大きく鳴り、見ると大きな影が左奥に流れていった。

驚き立ち止まる僕の目の前を、今度はウリ坊(仔イノシシ)が右から左に猛スピードで遊歩道を横切って行った。さっきの大きな影の鼻音主を追って行ったように思えた。


行く先の道にはまだイノシシが掘り起こしたのであろう土塊が続いている。


でも、ここで引き返したのでは、下見を終えられない。
戻る道にもイノシシ、行く道にもイノシシの危険を感じ、先ほどまでかいていたのとは違う種類の汗でびっしょりになりながら、とりあえず山頂を目指すことにした。



薄曇りの山頂だったので眼下の絶景は拝めなかったが、吹く風は涼しく汗を入れることができた。


麓の駐車場迄は、身の安全のため大回りになるがドライブウェイを歩いて戻る選択をした。



捨てがたいほんとうに素敵なルートだった。

しかし、子どもたちを危険な目に合わせるわけにはいかない。

少なくとも「寒霞渓」から「星が城」迄のルートは変更しなくてはならない。



下見の大切さを思い知った今回の経験だった。

素敵な夏にしたいなあ…

森山’s Honey Bucket 342


用を思いついて、2階の実験室から1階の職員室に降りてくる。

自分の机の前に来て

はた

自分は何をしに(何を取りに)ここに降りて来たのか…


時に自分でもおかしく

ときに腹立たしく

でも思い出せないものは思い出せない。



日常におけるこんな場面が、確実に増えた。




記憶力がこのレベルなので

最近は努めて、為すべき仕事をメモに書き留め、いつでも目につく場所に置いている。


思い付いたら間髪入れず書く。

時間が経つと、何を書き留めるべきかを思い出せなくなるからだ…



ひとつ終わればひとつ横線で消す。


横線を入れる瞬間は細やかな満足を感じる。

「やったぞ!」って




でも、夏を間近に控えたこの時期

終了済のチェックを入れる倍以上の速さで

やるべきことのメモが増えていく。



うちの先生方皆忙しい。

それぞれがしなくちゃならない仕事に追いかけ回されている感じだ。
(特に信ちゃんは仕事が好きすぎて帰らない笑)




でも職員室から笑顔と爆笑が絶えないのは


やっぱりみんな、今年もやってくる「学園の夏」を心待ちにしてるからなんだろう。


子どもたちの成長に、ちょこっとは役立てる僕らですように…


「わたしは急がねばならぬ」か…

森山's Honey Bucket 341


つい先日、新年を迎えたばかりな気がするのに、
もう半年が過ぎ去ろうとしている。

光陰矢の如し

光陰の光は太陽すなわち日、陰は月。
まさに月日は矢のように飛んで行った。




かつて60歳を迎えられる頃

ヒゲ先生は『私は急がねばならぬ』という表題の文章を学園新聞『航跡』に寄せられた。


過ぎ去る時の速さを身に感じつつ、
自分のなすべきことの多さを綴っておられた。


自らを奮い立たせるその文章の内容のとおり

まさにその頃から

学校週5日制の土日に子どもたちに有意義な経験をさせるべく、「星くずの村」実験学校を開設されたり


全国の塾長に「JJT運動(塾で実験を楽しむ会)」を呼びかけ、この国に理科実験を広めるべく東奔西走されたり


時を惜しんで、大きな仕事に挑んで行かれた。



ヒゲ先生はこんなことも仰ってられた。

「僕はよく、歴史上の偉人とされる人物が今の自分と同い年の時に何をしていたかを考える。
すると『小生もまだまだ間に合う!』と自分を叱咤激励することができる。」

と。


「斃れて後已む(たおれてのちやむ)」のことわざ通りの人生を送られたヒゲ先生。


尊敬すべき人生を送られたヒゲ先生を思う一方、では自分は?と、このところの我が歩みを振り返ると…
ふーむ、「穴を見つけて入る」しかない…


が、しかし、僕もヒゲ先生の薫陶を受けた教え子の一人なのだ。すねずめげずあきらめず「人様の人生に役立てるよう」もう少し頑張ってみよう!


頑張れ俺!頑張れ56歳9ヶ月!


いざ出陣じゃ~

森山's Honey Bucket 340


朝7時前

今、小豆島へ向かうジャンボフェリーの中だ。


今日から大阪桐蔭中学の理科実験合宿が始まる!


学園長…薬品の怖さと面白さ

助っ人 みっちゃん…亜鉛メッキ・真鍮メッキ

あっ君…灯りの歴史 炎からLEDそしてもっと未来

信ちゃん…化石コパルの中に昔の虫を探す

なりちゃん…学園名物「花火」作り

僕…ウシガエルの解剖実習


が理解実験担当


脇を固めてくれ、実験の手伝いや子どもたちの面倒を見てくれる強力スタッフ

遠い順に…

南米コロンビアから…健ちゃん

京都の山奥から…淳子ちゃん

そして

いつもパワフル 郁ちゃん

松平健に似てる男前 もってぃ


島での下準備 &
僕たちのやる気を「美味しい食」を通じて支えてくださる田村さん


交渉事や会計を担ってくださってるヒトピー




学園の一致団結のパワーをもって

一人でも多くの子どもたちに

理科実験の面白さを感じてもらえる合宿に出来るよう頑張りたい!









「アパッチ砦」の酋長

森山's Honey Bucket 339


小学生の国語の教材に飼い犬にまつわる話があった。

筆者は僕と同世代か少し上くらいだろう。

話の背景と僕が子ども時代に見て来た世界とが重なった。


筆者のひとつ下の弟が小学生2年のとき、道端で仔犬を拾ってくる…というのが話の始まりだった。


当時は、家で犬を飼い始めるきっかけの多くは、段ボール箱の中で弱々しく鳴く捨てられた仔犬を、子どもたちが拾って家に連れ帰る…というものだった、と筆者は回想していた。

読み進めるうちに、自分の幼い頃を思い出し懐かしくなった。




僕が小学生の頃、近所でもわりあい犬が飼われていた。が、いわゆる血統書付きの愛玩犬というのではなかった。


人もまた飼われる犬たちも、その生活ぶりは今より遥かにおおらかだった。

正しくは無かったろうが、放し飼いにされている犬もいた。散歩では鎖から解き放たれ、あちこち気ままに闊歩する犬も少なく無かった。

でも、噛まれて騒ぎになった話など記憶にない。


そういえば、餌も今とは随分違う。いわゆるドックフードでは無く、家族の残り物や魚のあらなどを煮込んだものだった。





うちの父は、道端に置き去りにされた犬や猫を、僕の知る誰よりもたくさん拾って来ては、家族の一員に取り込んで可愛がる人だった。


小雨の降る夜中。どこかから微かに仔犬の声が聞こえた。

でも、もうこれ以上、家に動物を増やすことはないだろう…と、納得して眠りについた僕。

明くる朝目覚めると、ペチャリクチャリと皿の牛乳を舐める新しい家族が増えている。



今となっては記憶もはっきりしないが、もっとも多くいたときなど、犬5~6匹、猫7~8匹、インコや文鳥も複数羽…、森山商会(木箱屋)の屋根の上に群れる鳩多数。



そんな動物で溢れかえる我が家を、父は「アパッチ砦」と名付けていた…


西部劇に出てくる掘っ建て小屋に住む部族の名だったような…



そんな父がいつも言っていたのは、


「動物は嘘をつかんからなあ…」

だった。


今想えば…

人が良すぎるばかりに、たくさんの人間に騙された経験のある父ならではの言葉だ。



僕ら家族と、おびただしい数の動物の家族とに愛を注ぎ続けた父。

そんな父が亡くなって間も無く丸6年の年月が流れる。


今、あの世でも母と一緒にたくさんの動物に囲まれて過ごしているのだろう…と、思う。



感動の連続

森山's Honey Bucket 338

今更ながらGW…のことなんですが…



生駒縦走登山14.5㎞頑張った!

1日餃子店巡り。
「うーん、どの店も美味しかったなあ。」

30年ぶりに我が家のトイレをリフォーム。

『名探偵コナン』若い子たちに混じって興奮しながら映画鑑賞!

ダイソン掃除機が我が家にやって来た!めちゃ吸う。

なんと、この僕が400mダッシュした!

&

九州旅行🚗


このGWは、体験したことが多過ぎて、何をどうブログに書いたものか?と思案しているうちに、3週間ぶりになっちゃいました。



結局は九州の話題で…




学生時代の沖縄。

6年前の鹿児島。

以来、自身3度目の九州旅行です。


が、今年の旅行には今までにはない目的がありました。


昨年結婚した娘。
その旦那さんのご実家に、ご挨拶を兼ねてお訪ねする…というものです。


まあ、せっかく九州まで脚を伸ばすのだから、ついでというのも何やけれど、いろいろ巡ってみよう!というわけで、知らんところをいっぱい観て来ました。



別府の地獄めぐり

耶馬渓の絶景

九重夢大吊橋

阿蘇のカルデラ

天孫降臨の高千穂峡


どれもテレビやガイドブックでは見たことはあったけれど、実物は初めて。


心がピュアな僕(笑)は、どこへ行っても家族の誰よりも感動し、はしゃいでいました。



ところで…

一度お会いしたときに、この人たちなら永くお付き合い出来る!って直感というか、安堵感を覚える方々っておられますよね…


僕にとって、婿殿のご両親はまさにそんな方々でした。


九州への旅の締めくくりの2日間、ご実家を訪ねさせていただきました。

これ以上はないだろう…と思えるほどの歓待をいただき、改めて素敵なご家族に娘をもらっていただいたことに感謝する時間でした。



多くの場所を巡り、好きなカメラで写真もいっぱい撮って来ましたが、いつまでも大切にしたい3枚は…


これに決定しました。



婿殿のお母さんと娘


河内藤園の藤棚の下で


お庭BBQ



当たり前なことを再発見しました!

森山's Honey Bucket 337

先日、信ちゃん先生が新中2になる男の子を遅くまで居残りさせ、勉強の面倒をみておられた。

その君が数学の宿題をしてこなかったため、きちんと完成するまで居残りなさい!と、言うことになったそうだ。

職員室で待つ僕やあっ君も、えらい遅くまでかかっているなあ…と思ったほどで、結局23:45までその君は居残った。


遅くまでの勉強だったので、さぞや不平不満の面持ちで教室を立ち去るのか…と思いきや、その子の表情は実に満足げで、充実感をみなぎらせていた。


ちょっと意外に思われた…


あっくん先生も担当の授業で、宿題テストの成績が合格点に達しない場合は、きちんと合格を獲得するまでは帰宅許可を出されない。

つい先日も、5人の中3生が洗礼を受けていた。

最後の子がやっと合格できたのはやはり23時を大きく回る頃だった。

で、その子らもまた、満ち足りた顔をして「さようなら~」と明るく教室を後にした。



僕も試しにやってみた笑

担当していた中3生が、英単語のテストをきちんと合格するまで、妥協を排して付き合ってみたのだ。

時刻は23:16。(これで授業終了から約1時間半。)

やっとの思いで合格を勝ち取った彼は…
疲れた仕草こそ見せたものの、やはり、一仕事を終えた時に見られる「やった!感」を振りまいて、「合格できて良かった。」と明るく教室を出て行った。



当たり前のことだったけれど、
出来るまでやらせること…は、本当に大切なことだ、と再確認した。



今までの僕は…
宿題忘れやらテストの不合格やら、責任はそれぞれの子たちにあるが、しかし…

何か事情があったかも知れない。
それぞれの子たちの持つ理解力にも自ずと差はある。
各自プライドもあるだろう…など

子どもたちの気持ちに配慮して…という理由を前面に、その日のうちに責任を全うさせることをしなかった。


「今日はこの辺ででまけとってあげるわ。次の授業迄にちゃんとしといでや…ほんまにもう…」だったのだ。



僕は今まで彼らから

自分の責任を果たし終えた満足感や「最後まで頑張れた!」という自己肯定感の獲得チャンスを、無意識に奪ってきたのかもしれない。


これから少なくとも中学生諸君には、帰宅時刻に関わらず、大人の責任を果たしてもらう日々にするか!笑



いや、お若い先生方に学ぶところも多い春である。

やりきれない思い

森山’s Honey Bucket 336


那須高原で雪山の安全講習を受けていた高校生と引率の先生の尊い命が、雪崩によって奪われた。

若くして亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、最愛の人を亡くされたご家族に心からのお悔やみを申し上げたい。



一方で、行事を主催した先生方の後悔の大きさは計り知れず、押しつぶされそうな心の置き場所が見つけられないことだろう。



「雪崩注意報の発令される中、どうして子どもたちを訓練をさせたのか?」



我が子を永遠に奪われた親御様のみならず、世の大方の方々は、無理に行事を進めた指導者への憤りを感じておられることだろう。



確かに、いくら責められようとも、なじられようとも、引率者は反論の言葉を発することは決して出来ない。


子どもたちの命と引き替えにして、なお価値があるような行事など決してないからだ。




しかし…しかし…敢えて…


「訓練に連れて行こう!」と言った先生方の気持ちが僕には少し分かる気がする。



「子どもたちに満足出来る体験をさせたい。一生の思い出となり、それがそれぞれの子どもたちの人生に役立つものでなって欲しい…。
自分たちは、そのために子どもたちをここに連れて来たのではないのか…」と。



大雪・雪崩注意報が発令される事態で、メイン行事だった登山の中止は決定した。

このままでは、生徒たちは大きな満足が得られないのではないか?

登山を諦めさせる代わりに、他の貴重な経験を、ここに居る子どもたちに是非させてやりたい…


引率者は、おそらく子どもたちの気持ちを第一に優先したのだろう…


そんな引率者の思いが痛いほどわかる…


だけれども、結果において、その思いやりは取り返しのつかない誤った判断に繋がる。



子どもたちのためを思い、良かれと信じて決断したことが、最悪の結果に繋がる…

引率者にとってこれ程までに辛いことは無かろう。



今回の引率者には、業務上過失致死などの責任が問われるだろう。
何年もの服役を命じられるかも知れない。


しかし仮に刑を全うしても、引率者にとって、教え子たちの命を奪ってしまった…という後悔は一生消えることはないだろう。


誰にとっても辛く悲しい事故だった。




どうか、安らかにお眠りください…

いいぞ!

森山's Honey Bucket 335


合格発表→卒業祝賀会→春合宿→春期講習会、そして明日からは年度最初の実験学校…と、例年のこととはいえ、慌ただしく時は行く。

が、自分の納得した歩幅で、信ずる方向へ歩き続けている。(君の1歩は誰より短い!と思ったそこのあなた…失礼ですよ💢)




昨日春期講習会の2日目。

こんな場面があった…と、あっ君先生から授業中の出来事について報告をいただいた。


新中3生の数学の授業。(学校でのスムーズな滑り出しを期して、数学は完璧予習型の講習だ。)


式の展開や乗法公式を解き進めていたとき…

いつもは笑顔満面、クラスのムードメイカーでもある女子が、顔は笑い、しかし大粒の涙をポロポロこぼしながら、

「わたしって、どうしてこんなに、理解すんのん遅いんやろう…」

とこぼしたらしい。

一所懸命取り組みながらも、周りの子たちの進み具合と自分を比べてしまっての一言だったようだ。



この子はその前日に、「永ちゃん先生から〇〇高校を勧められた。今の私には到底無理な学校って思うけど、せっかく勧めてもらったし、今年はうんと頑張ってみようかなあ…」と言っていた。



悔しかったんやね…あっ君と納得し合った。


彼女の流した涙の話を聞いて、

美しい涙だなあ…と嬉しくなった。



この子が今まで出会えなかった「本気」とついに向き合えることになったのかも知れない。


いいぞ!〇〇さん…

悔しい思いもいっぱいしながら、成長しいや!

ついに放映!と思いきや…ガクッ

森山's Honey Bucket 333




秘密のケンミンショウ「なんしか」で華々しく全国デビューを果たした森山です…と自己紹介したかったのですが……


放映された時間の余りの短さ(16秒…)に、開いた口がふさがりきれずにいます。



子どもたちと一緒に楽しんだ実験は全部で4種類。

「なんしか」のキーワードもしっかり盛り込みました…

そして、そのすべてを2台のカメラが終始撮影していたのです…


なのに、なのにです。


実験風景も、子どもたちのにこやかな学びの顔もまったく取り上げられることなく、番組は終わってしまいました~


正直、ガックリです。肩を落としました…


3週間連続でテレビを見てくださった方、録画予約までしてくださった方、この場を借りてお詫びします。




しかし、残念な思いに浸っているのは今だけにします。


だって、明日朝は中3生の合格発表だからです!




それぞれの子たちが、それぞれの人生において最良の結果に導かれますように…と、神様にお祈りしながら床に就くことにします。


安堵

森山’s Honey Bucket 332


今日は中3生(61期生)たちの公立高校受験だった。

今年も、生徒のみんながチャレンジする高校の正門に、学園スタッフが手分けして立った。



緊張しないわけがない本番の朝。

僕たちとのやりとりが少しでも彼ら彼女らの不安を和らげ、本来の力を出すことに役立てれば…


それぞれの親御さんが、息子・娘にしてあげたいと願う「励まし」を、ささやかながら代打として僕らが担う。そんな意味もあるのだと思う。





早朝はまだまだ冷える。

登校してくる子たちの息も白い。



そんな朝、みごとなまでに満開の桜を発見した。


府下の受験生全員の「サクラサク」は祈っても叶えられない。


しかし、一所懸命自らの夢に向かって努力を重ねた子たちの頭上に、美しい花が咲いて欲しい…と思えた。





夕刻になって中3生が集まって来た。



難しかった。

時間が足りなかった…

もうだめです…


それぞれの口から漏れる言葉はどれも敗北感を漂わせていた…が、



その顔からは

やりきった感が溢れ

どの子も笑顔で

心からの安堵が溢れていた。



出来ることならばこの子たち皆、合格を勝ち取ってほしい!


しかし、しかし万が一のときは、その失敗をバネにして、合格したとき以上の人生を創り出してほしい。



とにかく、彼らなりによく頑張った…

と振り返ることの出来る今年の受験生たちだった。



みんな、ご苦労様でした。


親御様、お疲れ様でございました。





PS
ホッとした…といえば、
「ヒミツのケンミンショウ」来週放映と予告編に出ていた模様です。(卒業生の方から情報が届けられました。

学園の風景が映されるのか否かは不明ですが、なんしか、その大阪言葉特集はボツになっていなかったようです。

3月16日木曜、今度こそです。どうぞよろしくお願いします!





速報! 「ほんま、ごめんなさい。」

森山's Honey Bucket 331


ヒミツのケンミンショウ…

3月2日に学園の授業風景が放映されるはずだった。


のに……


ボツになったようだ。




先日から

「番組の予告にひとつも出てこないよ!」

「ほんまに放映されるの?」

と不安視する声が生徒たちや仲間内から囁かれていた。


僕も、なんかしら嫌な予感はしていた。


しかし、

「いやあ、あれだけ撮影して帰ってんやから、ちょこっとは映るわ…」との確信はあった。



ま、まさか、ほんまにボツにされるとは…



取材された子どもたちも、元気でにこやかサービス精神満タンで臨んでくれていたのに…

大人社会の無情にさらされた彼らが気の毒だ。



僕は、穴があったら入りたい…っていう気持ちだ。



ブログで書いた以外に



気の合う面々に

「実はケンミンショウの取材を受けちゃってね!
ネタバレはまずいので、詳しいことは言えないけれど、まあ3月2日に見てみて!」


なんて宣伝していたし


先日などは、親類のお通夜の席で

「こんな場で言うのもなんなんですが、実は来週ヒミツの…」


って発表していた。


ほんまお恥ずかしい…




仲間からは

「どないなってん!」

「ヨガ教室休んだのに」

「テレビの前にかじりついていたのに出なかったね…」

「まあ、こんなこともあるわ…」


呆れとも慰めともとれるメッセージが次々届いた。



先日のブログを読んでくださって、テレビの前にいてくださった皆様がおられましたら、この場を借りて深くお詫びいたします!

ドラマ《後編》

森山's Honey Bucket 330

(前編からの続き)


2016年度最終回の実験学校2日目の朝を迎えた。


運命の1日の始まりである。



6:30起床。


昨夜のミーティングが長引き、どのスタッフも瞼は重い。



まず、この日最初の行事である「日の出の観測」のため東の海岸に出かける。


この時刻の風は思いの外優しい。

確かに、昨日のように暴れる風ではない。


美しく上る朝日は、あっと言う間に眩しさと暖かさを子どもたちに届けた。


そのとき、眼下に
神戸港を夜中に発ったジャボフェリーが滑り込んで来るのが見えた。


定刻どおりだ!

これなら昼便もきっとうまくいく!
当初の計画通り大阪に戻れる…

ふと暖かいものを感じた。




餅つき

フィラメントを作り、輝かせる実験

片付け・昼食

表彰式


などの時間を子どもたちと楽しく過ごしながら、

いよいよ昼便のフェリーの運航状況を船会社に確認する頃となった。


今も風は穏やかだ…


「問題ありません。船は定時運航しています。

定刻通り高松東港に入港出来ます!」

船会社の方の声も明るく弾んで聞こえた。



ほっ…

よかった…

元の計画通りの帰阪が決定した瞬間だった。




閉校式を終え、約30名の高松移動班が、皆に見送られて「星くずの村」を後にした。


子どもたちを坂手港の待合所に引率した僕は、
岬の先に現れるだろう船影を一刻も早くこの目で確認したくて、ひとり岸壁に駆けた。


そしてそこに確かにフェリーの姿を確認した。

ほんとうに嬉しかった。

定刻に高松に行ける。

そして…17:00の高速バスにも確実に乗れる。




僕の心のどこかに
「おいおまえ、最後まで何があるかわからんぞ…」
と、一瞬悪魔の囁きが聞こえた気もした。



が、ちょうどその時、船会社の社長さんが僕に声を掛けて来てくれた。(昨日からずっと相談に乗ってくれた方だ。)


「良かったですね…

実は今日の船長さん腕が違うんですよ。

僕は、搭乗名簿でこの船長の名前を見た瞬間に、

どんなことがあっても、ちゃんと定刻に来るなあ…

と思いました。」


とニコニコ嬉しそうに話された。




安心は確信となった。




高松までの船は昨日とは打って変わってなめらかに海を進んだ。

どの子たちも嬉々としている。

組み立てたロボットで対戦ゲームをしている子が多い。

空いている船内、これくらいの賑やかさなら許されるだろう…


僕の関心事は

一般の方も乗り合わせる高速バス内で
いかにこの子たちが周りの方に迷惑を掛けることなく、3時間余りの時間を過ごせるか…にシフトしていた。


あと10分程で高松に入港というタイミングで、子どもたちを高速バス組と高松解散組に分けて、それぞれに諸注意を聞かせた。



あとは、タラップを降り、送迎バスに乗り込むだけだ…












送迎バスがいない!

いつもそこにいるはずの送迎バスが無い!




船着き場にアナウンスが流れた。

「本日送迎バスは16:45発となります。」

「お急ぎのところ申し訳ございません…
本日は高松駅からの送迎に先に向かっており、こちら高松東港から駅までの送迎は16:45発を予定しております。」



耳を疑った。

目の前が白くなった。




ここから高松駅までバスの所要時間は10分。
渋滞している場合もある…

高松解散の保護者の方へ子どもたちを手渡し挨拶をする時間も必要。

送迎バスの降車場所から高速バスターミナルまでの移動…子どもの足で少なくとも5分。


これでは17:00発の大阪行きの高速バスに間に合わないではないか!

やばい

これはまずすぎる





一目散に案内所に駆けた。

アナウンスの内容を再確認し

こちらの事情を矢継ぎ早に伝えた。



何がなんでも17:00発の高速バスに乗らねばならないのだと。


そして、船を降りるこの瞬間まで、送迎バスの運行についての断りがなかったことを責めた。


しかし、文句を言ったところで事態は好転しない。間に合わせる手立てを考えつくまま彼女らにぶつけた。


別のバスを手配して欲しい!

送迎バスを高速バスの乗り場近くにつけて欲しい!

運輸関係同士の繋がりを活かして、高速バスの出発を暫く待ってもらえるよう交渉して欲しい!


返答は…

「それも、これも出来かねます。送迎バスの到着を待っていただく他にない…」


らちがあかない。



タクシーに分乗させる方法があるかと、あっ君に確認してもらったが1台も溜まっていない。

タクシーを呼び寄せようとも、30人を運ぶための6~7台を瞬時に召集することは不可能に思えた。



僕自身、高速バスターミナルに連絡を入れ、事情を話した。

が…

「他の乗客の方がおられますので、定刻に発車せざるを得ません…」とにべもない。


しかし最後にこちらの窮状を見るに見かねてか、


「万が一は、ご乗車の方お一人でも出発までに間に合ってお越しいただければ…」と教えてくれた。


そうか…
もし全員が出発予定時刻に揃っていなくても、一人でも間に合って、運転士さんに懇願すれば、出発を待ってくれる可能性があるということか…




そんなことを考えつつも、僕はもし高速バスに間に合わなかった場合という最悪の事態への対処も並行して考えないといけなかった。



どのような手段で大阪に移動する?

どうすればいい?

少しでも早く難波に子どもを届ける方法は?

どうすればいい?

我が子を待ち侘びる親御さんの気持ちは?

どうすればいい?


にわかには出口の見えない どうすればいい? が頭に溢れた。



地獄を味わった。










やっと送迎バスが来た。


大きな荷物を持った子どもたちを急かせて乗車させ、バスの運転士さんに急いでもらうよう頼んだ。


送迎バス内は他の乗客も含めほぼ一杯だった。


非常識承知で大きな声を出した。

前後ろに分かれて立っているスタッフに、これから担っていただくべき役割について頼まねばならなかったからだ。



「高松組の解散は出来るところまであっ君、後はゆっちろう君に任せたい!(ゆっちろう先生は大学のある広島へ別便で帰る)。」


「イクちゃんとサヨちゃん子どもたちの引率お願い!」


「バスが出るまでに、一人だけでもそこに到着しておれるよう、僕はとにかく一目散にバスに向かうから!」


そんなやりとりのあと


最後に子どもたちに向かって


「すまないが、高速バスに向けひたすら走って欲しい!君たちの走りに最後はかかっている!」


と頼んだ。


「そうそう、高松解散組の子たちは走らなくっていいからね…」



子どもたちも自分の取るべき行動を理解してくれた…と信じた。





バスはたくさんの赤信号に捕まった。

携帯の時計と道路の状況を視線は何度も往き来した。






16:56

バスは降車場についた。

運転士さんに礼を伝え、扉が開くと同時に駆け出した。



待ってくださっていた高松組の保護者には大変失礼だったが、走りながら礼をし、「高速バスが…」と説明にならない説明を駆け抜けざまにお伝えした。



2分程全力で駆けたはずの僕だが、未だ道は残っていた。

あの角を一刻も早く回らねば…

あそこを曲がれれば高速バスターミナルだ…


もつれそうになる足
早鐘を打つ胸
諦めてはならぬ…という心の叫び





そんなとき、後ろから軽やかな足音が近づき、そして疾風の如く僕のそばを駆け抜けて行った。



「翔理!」



全力で駆け抜けて行ったのは、実験学校生の最年長高2生の男の子だった。


小さな頃から長年実験学校に通ってくれた彼が、

今、今回の実験学校の成功のために駆けてくれている…


「バスの扉が閉まるまでに駆けるのは自分だ!」

彼の想いが瞬時に伝わってきた。



無性に嬉しかった…

感謝が満ちてきた…











お陰で間に合った。





運転士さんに遅れた詫びを伝えた。

「大丈夫ですよ…」柔和な微笑みが嬉しかった。


チケットセンターのお姉さんにも「間に合われて良かったですね…」と声を掛けてもらった。

さっきの「一人でも間に合ってくだされば…」の秘策を教えてくれた方だったようだ。




「翔理、ありがとう。」

カラカラの喉から出た声は、彼には聞こえなかったかもしれない。



重い荷物抱えて最後まで走りぬいてくれた小学生のみんな、ありがとう。

一緒に走ってくださったお母さん、ありがとうございました。




かくして、我らを乗せた高速バスは定刻を過ぎて動き始めた。



心配してくれていたのだろう、高松解散の男の子とお父さんが近くまで来て、バスに大きく手を振ってくれているのが見えた。

たしかに乗れたよありがとう!




みんなに感謝していたら、ふと
さっき激戦を交わした港の受付の人に
間に合った報告をしておこうという気持ちになった。



電話の向こうのその人は、とても喜んでくれ、

「どうかお気をつけて…」と言ってくれた。

ありがとう…がまたひとつふえた。




暫くあとで報告を受けたのだが、高松解散の保護者の方が、挨拶を試みるあっ君先生に

「先生は早く子どもたちのところに行ってあげてください…」と声を掛けてくださったそうだ。


あっ君のあとを引き継いだ、ゆっちろう君がたいへんしっかり高松の保護者の方に報告とご挨拶をしてくれたとか…

やるな…ゆっちろう!




皆さんに支えられ、応援をいただき、2016年の実験学校も無事終了できた。




ありがとうございました…




という、長いドラマでした。



(今までの僕のブログ中最長の文でした。
前・後編共にお付き合いくださった方々に、改めて感謝申し上げます。ありがとうございました。)








ドラマ 《前編》

森山's Honey Bucket 329

2月は神戸と高松・小豆島を繋ぐジャボフェリーの定期検査の時期だ。
2隻あるジャボのうち1隻はドッグ入り。
残りの1隻で運航する。

よって究極の特別ダイヤになつている。


神戸港からの往路はともかく
復路のフェリーが神戸に戻るのが夜の10時となる。

小学低学年生の参加者もあるので、帰路は
①フェリー
②高松周り淡路島経由の高速バス(8時過に難波)

のうちから、ご家庭ごとに選択をしてもらうこととなった。
(結局29名の子たちやお母さんと5名のスタッフが高松へ渡ることとなった。)




さて、2016年度最終回の実験学校が始まった。


往路のフェリーは、
折からの強い季節風とそれに伴う高い波、
そして大潮と重なる激しい引き潮など、
悪条件が重なり、
小豆島着岸が予定より大幅に遅れた。


幸い子どもたちは船酔いもせず、
星くずの村へ続く坂道もへっちゃらな様子だったので、延着のことはさほど心に留めていなかった。


学園長を囲んで開校式があり、各宿舎に荷物を収めた後、早速1・2時間目のロボット製作がはじまった。



2時限目のロボット作りを手伝う傍で
「あっ…」不安がふと頭をよぎった。


不安とは…



明日高速バスで帰阪する者たちは

先ほど神戸から乗って来たのと同じ便のフェリーを利用して高松東港に渡る。


そしてフェリー乗場から高松駅まで約4km送迎バスに揺られ、そこで高松解散の子たちと別れ、高速バスターミナルまで5分ほど歩いて、やっとそれに乗り込む段取りだ。


計画では、高松東港着から高速バスターミナルまで50分間の時間をみている。ざっと30分間はゆとりを持っている算段だ。



が…
が、だ。


明日のフェリーがもし今日のように30分近く延着してしまったら…
まさか…17:00発の高速バスに乗れない??


明日吹く風の強さも波の高さも
潮流の影響も…神のみぞ知ることだ。

明日も今日と同じにならないとは限らない。



早速、船会社に連絡を取り不安をぶつけてみた。

「明日は今日のような強風ではない…でしょう、おそらく。
多少延着しても高速バスには間に合うでしょう、おそらく。」

当然といえば当然。

船会社は船の運航に携わるプロではあるが、
風や波や潮を操る神ではない。


しかし、

「何が何でも17:00発の高速バスに乗らないとならない!」と僕が食い下がるものだから、

船会社もだんだん

「う~ん、ちょっと厳しいかも知れませんね…」

とトーンダウンして来た。


結局、明日の昼過ぎにフェリーの運航状況を教えてもらう約束を取り付けて電話を置いた。


不安の解消を求めて投げかけた質問が、

結局、今の不安をより大きくするだけのことにしかならなかった。


とはいえ、

「17:00の高速バスに乗って、難波に子どもたちを送り届ける!」

ということだけは、どんなことがあっても成し遂げなければならない僕の責任だった。


小豆島から高松へ渡る船が発着する港は全部で3港。

島の南東の端にある坂手港が、「星くずの村」に
最寄りの港。明日もここから乗船予定だった。


島の中西部に池田港という港がある。
バスを利用すれば約40分程で到着出来る。


池田港↔︎高松港は航路が短く、殆ど欠航や延着が無い。この便ならば、17:00のバスに心配なく乗り込めそうだ。

だが、計画変更に伴って、子どもたちに余計な負担をかけることになる。また、学園が余分に負担することになる経費も少なく無い…


しかし、背に腹は変えられない。

明日の運航状況次第では、急な計画変更も致し方ないものと覚悟した。
覚悟と報告の準備をして学園長の元へ向かった。



約束通りに
元気に
それぞれの子たちを
それぞれの親御さんの元へ
笑顔でお返しするのが
我々の仕事なのだ…



(この辺りまでを一応「ドラマ《前編》」とさせてください。ほんまのドラマは《後編》だったかな…長文付き合ってくださりありがとうございました~)

素敵な言葉

森山's Honey Bucket 328


毎週水曜の朝は八戸ノ里駅近くにある「健康ボーリング教室」に家内と通っている。

その名から想像できるとおり、教室に通っているほとんどの方がお年寄りだ。

僕の腕前はいっこうに向上しないが、毎回楽しい時間なので、2ヶ月ほど前に強引に真也先生やあっくん先生も仲間に引き込んでしまった。


コーチが日に3~4度声掛けをして、アドバイスをしてくれる。

そこそこの受講生数なので、コーチが誰かにつきっきりで指導している場面は今まであまり見たことがなかった。



なのに、なのに、である。

昨日はコーチが僕の横にずっと付いて、まさに手取り足取り懇切丁寧な指導をしてくれた。


「ごめんなさい。教えていただいていることが僕にはどうも理解できません。」と正直に訴えると…


「いやあ、頭での理解は必要ないです。身体で覚えていきましょう!慣れですよ…」とおっしゃる。


指導直後の投球が偶然よかったようで、「そうです!今のでいいんです。」と言ってもらっても、どこがどう良かったのかすらわからない僕。



コーチが優しく、かつ根気よく指導してくれればくれるほど、どのようにすれば良いのかわからない自分が情けなく、申し訳ない気持ちでいっぱいなってきた。


最後の方には「僕などのことはもういいですから、さっさと見捨ててください…」

とすら思ってしまうほど、コーチの指導は根気よかった。



その日の練習を全て終えた後に、コーチにお礼を言いに行った。

するとコーチが一言

「森山さんはのびしろがありますから…」

とおっしゃった。



「のびしろがある」って言葉、とても素敵な言葉だ…と改めて感じた。

さっきまでのがっくり沈んだ心がふわりと浮いた。



100点満点のテストで20点しか取れなかった子はおおいに「のびしろ」があるのだ。


「なんじゃ!この点は!」という言い方をせず、

「君にはまだまだのびしろがあるんだ!」と励ますこともできるのだ。



人を応援する気持ちは、そんな魔法のような言葉に宿るんだ…

コーチから教えていただいた。



前前前世

森山's Honey Bucket 327


夫婦で久しぶりに映画を観た。

話題となって久しい『君の名は』だ。

たいへん美しい映像に魅せられた。


人は誰でも目には見えない不思議な存在に応援されながら今を生きているってことなんだなあ…

なんて勝手な解釈をしながら一人感動していた。


ようし!いつかレンタルショップでDVDが旧作扱いになったら必ず借りてもう一回見よう!と決意もした。



ところで
映画館には夫婦50割引という制度がある。

夫婦のどちらか一方が50歳を超えていていればチケット代が2人で¥2200になるというものだ。(以前は2人で2000円だった。)



同い年の我ら夫婦が48歳か49歳の頃…
ドキドキしながらこの制度の活用を試みた。
(ごめんなさい🙏)


「ちょっとお客様…50歳過ぎには見えませんが?」なんてチケットカウンターのお姉さん指摘されたらどうしよう…などとドキドキしながら列に並んでいたが、まったく疑われることもなくパスした。ガクッ…


互いに「君がババアぽくって幸いした。」とか
「あんたの加齢臭のお陰だ。」なんておおいに褒め合いながら入場したものだ。


残念なことにそんな会話は覚えているのに、何の映画を見たのかまったく記憶にない笑。

映画の題名も思い出せないくらいなので、さて泣いたんだったか笑ったんだったかも???だ。



数年前のことも思い出せないが、まさに先ほどのことも思い出せない…という場面がこのところ頻発し、自分でも恐ろしさを感じている。



老化…といえば


このところ、髪の毛が加速度を増して抜け落ちていく…

特に頭頂部がヤバ過ぎだ!

もはや自分の頭では無くなりつつある‼️



最近僕を呼ぶ生徒たちの呼称2位は「ハゲ!」だ。
(かろうじての1位は「もりもり」か…)

子どもたちは容赦の無い残酷な生き物なのだ。

オブラートの掛け方を知らない正直者たちだ。


そういえば3日ほど前、不意に背後に回った中2女子に後頭部を接写され、画像を見せつけられた。
勿論痛烈な言葉も添えられた…


嗚呼…今まで幾多の方々を平気で禿げ呼ばわりしてきた自分に遂に天誅がくだされたって感じる。


ごめんなさい、どうか許してください、
Y山先生…S君…ℹ︎君…Z先輩…




今回特に支離滅裂な内容のブログになりましたが…


『君の名は』(全然前世…)、まだの方はオススメします!是非劇場にお運びください。




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