藤原学園の『年中夢求』日記

〜今日も顔晴るみんなへ〜

もう12月…ですね

森山's Honey Buket 350

「おっ、寒…」

期末テストの日曜勉強会を終え、すっかり真っ暗になった空を仰ぎ、チャリンコにまたがる。


今日もたくさんの質問に付き合った。

「わかったわ!」の言葉を聞くと嬉しい。

テスト本番で解き方をちゃんと思い出してくれたらええけどなあ…


「質問したのとおんなじ問題出てん!せやけど…でけへんかった…」

そんなセリフに、今まで幾度肩を落としてきたことか…



道すがら、換気扇からこぼれ出した夕餉の香りにときおり鼻をクンクンさせつつ、ペダルを漕ぐ。


自宅前にたどり着いたとき、お向かいのお家の壁面が美しく輝きを放っていた。

とても綺麗…クリスマスの電飾だ。

足元にはサンタやトナカイも輝いている。

年長組のおてんばなお姉ちゃんと弟ふたり。

3人姉弟のために頑張って壁に取り付けたのだろう、お父さんとお母さんの姿が目に浮かんだ。

もうそろそろ12月なんや…




日曜の夜はたいてい、食後程なく目が閉じる。

まだ8時になるかならないかからベッドに移動、すぐに意識が無くなる…ということも珍しくない。

調子に乗ってアルコールをあおるのが理由だ。



でも、この日は少し気分が違った。

このところ毎年、忙しい…を理由に、家内にまかせてきたクリスマスツリーを、自分で飾ってみよう!と思い立ったのだ。



僕は遠い昔、夢があった。

クリスマスのとき、家族皆で楽器演奏をすること。

そして、大きなクリスマスツリーを飾ること。



演奏会の夢は… それを夢見ていた当の本人の僕が、家族で唯一なんの楽器も演奏出来ない奴に終わったせいで、虚しく頓挫。バイオリン習ってたときもあったのになあ…(笑)


が、クリスマスツリーの方は夢が叶った。

我が家の息子・娘が小学校低学年だったとき、親子4人でツリーを選んだ。そして毎年少しずつ飾りを買い足したものだった。

子どもたちが大きくなっても、12月になると押入れから引っ張り出され、家族の誰かの手でその年のツリーがずっと飾られてきた。


飾り物を納得した場所にぶら下げられるよう、短い手を精一杯伸ばしたり、背伸びしたり。
何度も脚立に乗ったり降りたりして眺めたり。


さてどれくらい時間が経ったものか…

やっと飾り付けを終えたツリーを前に、レコードを聴いた。


おっと、娘のところに写メを届けておこう!

「今年は父が飾った。旦那さんと二人で見にきてや~」の後に、

「早く孫のサンタさんになりたい…」

と書き添えたい気持ちはグッと我慢した。









ヒゲ薬とべっこう飴

●むこう向きのおっとせい その420

先日59期のM君から
「もうすぐ受験なのでヒゲ薬を頂けませんか?」
とラインが入った。


大学の入試が近づいているようで、
高校入試の時にもらった、『ヒゲ薬』が欲しいと思ったようだ。


それで昨日テスト対策の後に来るように伝えたら、
同じく受験生のK君、T君と共に現れた。


ヒゲ薬とは、
受験前の生徒に少しでも平常心を持ってもらおうと
ヒゲ先生が配り始めたものだ。


決して怪しい薬ではない。


赤ちゃんが飲んでも大丈夫な薬だ。


精神を安定させる効果がある。(きっと)



学園ではできるだけ落ち着いて、普段の力が発揮できるように
中学、高校入試前に激励会を開いている。


その時に、全職員が書いた励ましのメッセージと
この『ヒゲ薬』を希望者に渡している。


そんなものに頼らなくてもという意見もあるが、
中には緊張しいもいるのだから、いいかと思っている。



3人とは久しぶりに会った。


みんな小学生の時から学園に通ってくれた生徒ばかりで、
この子達がもう大学受験かと思うと、
またまた時の流れを感じる。


ひとしきり近況を聞いたり、彼女の話をして盛り上がった後、
薬を渡そうかと思っていたら、
M君が「なんか実験したい。そうだ、べっこう飴を作りたい。」
と言い出した。


そして言うが早いか、私の返事を待つことなく、
すぐにガスバーナーの準備を始めだした。


勝手知ったる実験室。


すぐに準備が出来て、3人で作り始めた。


「ガスバーナーの使い方を覚えているのか?」と聞いたら


「体が覚えてる。」と答えが返ってきた。


流石は我が学園生だ。


「べっこう飴は久しぶりだ。これを作るのが好きだった。」
と3人共生徒に戻った。


学園で体験した実験が彼らの思い出として残っている。


そのことが嬉しかった。


べっこう飴を作った後、ヒゲ薬を渡し、
「受験頑張れ。」と言葉をかけて別れた。


連続の勉強会の後で、疲れてはいたが、
彼らに会って元気が出た。



来年にはいい報告が聞けることを願っておこう。



ではまた。
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自分への褒美

●むこう向きのおっとせい その419

先週の月曜日から期末テスト対策が始まった。


そして成績懇談会も始まった。


12月は実験学校もあるので、12月17日まで
休みのない、ハードスケジュールが続く。


以前はそうするのが当たり前で、
何思う事なくこなしてきた。


でも寄る年波には勝てない。


ちょっとゆっくりしたいなと思うようになった。


と言っても若いN先生も頑張っているので、
負けずに頑張るが、何かモチベーションをあげるものがいる。


頑張った自分への褒美がいると思った。


そこで懇談とテスト対策が終わる日の夜中から、
FFCの「忘年会&釣り納め会」をやろうではないかと提案した。


これはFFC事務局長S先生から快諾を得た


テンションが上がった。


実用日本語表現辞典では、「自分へのご褒美」は、次のように定義されている。


「苦難を乗り越えた自分の努力や苦労を、自らねぎらう意味を込めて、
普段は控えている出費を許容すること。少し高級な食事をとったり、
趣味や美容に出費したり、かねて欲しかったものを奮発して購入したり、
といった贅沢を頑張りの成果として解禁すること。
つまり、いつもはできないような非日常体験に出費して贅沢を味わうことを、
頑張った成果としてOKする行動を言います。」


「人はモチベーションが上がると、
やる気を出させる神経伝達物質「ドーパミン」が活性化されるらしい


ドーパミンは、目標を決め、計画を立てる段階から分泌され、
そして、実行に移されると、ドーパミンの分泌量もさらに増え、
気分が高揚して、やる気が向上する


「自分へのご褒美」とは、次の新しいことに始める意欲や
取組途中のモチベーションを維持するために、
ドーパミンを分泌させるための行動なのだ。」


とあるサイトに書いてあった。



ほんとその通りだ。


これで自分への褒美に対する理論武装は出来た。


ちょっとの出費は許されるだろう。


なんでこんな言い訳めいた事を書いているのか自分でもよく分からないが、
とにかく楽しみが出来た。


FFCの忘年会を楽しみに
しばらく気合いを入れて頑張ろう!



ではまた。

釣りと平和

●むこう向きのおっとせい その418

土曜日の夜からFFCのメンバーは舞鶴に釣行した。


私はちょっと予定があったので参加しなかった。


みんなが釣っていると思うと、余計に釣りの事を考えてしまう。


それで実釣は出来ないけど、研究ぐらいは出来ると思って、
一人寂しく、ユーチューブで今まで見て来なかった釣りのサイトをいくつか見てみた。


世の中には釣りにはまっている人がわんさかいる。


これまでは大手の釣具屋さんの提供するのを中心に見ていたが、
今回は素人が作っている釣りサイトを中心に見た。


中にはほんとによくできたのがあって、
釣具屋さんの作るのとは一味もふた味も違う、
見応えのあるものがいくつかあった。


商品を売る必要がないので、
自分の体験から得たやり方や、道具を教えてくれる。


こんな釣り方があったのかとか、こんなラインの結び方があったのかとか、
こんなところで釣れるのかとか、貴重な情報を一杯ゲットできた。


試したい事がかなり増えた。


今度いつになるかは分からないけれど、
また釣行が楽しみになった。



それにしてもなぜ釣りにこんなに魅せられているのだろう。



魚がかかって、釣りあげるまでの手に伝わる感触。


どうもその感触を味わいたくて釣りをしているような気がする。


なぜその感触に惹かれるのか。


自分でも説明のつかない本能的なものがあるのかもしれない。



また魚は釣れなくても釣りは楽しい。


魚を釣り上げるために、ああでもないこうでもないといろいろと試す。


結果ははっきりと出る。


そんなところも面白いのだろう。


そして何といっても海を前にしての開放感が心を癒してくれる。


結局よく分からないが、釣りをしている時は
こころが躍動しているのを感じる。



人間がこんな状態になるのは異性に対して頭がやられている時と、
釣りをしている時ぐらいのものでしょう。
(作家・伊藤 桂一)


この言葉が一番近いかもしれない。



伊藤桂一は直木賞作家で、釣りをこよなく愛した人で、
「遥かなインパール」という著書がある事を知った。


それでこの間NHKで「戦慄の記録 インパール」という
ドキュメントの再放送をやっていたのを思い出した。


旧日本軍の体質を象徴的に示したとされる「インパール作戦」。


観ていて吐き気がし、強い憤りを覚えた。


こんな無謀な作戦を立て、実行し多くの人が無残な死を遂げた。


にもかかわらず作戦を立てた側の人間は生き延びる。


どんな戦争もいつも傷つくのは庶民なのだ。



司令官に仕えていた齋藤博圀元少尉(当時23歳)の

「生き残りたる悲しみは、死んでいった者への哀悼以上に深く寂しい。
国家の指導者層の理念に疑いを抱く。望みなき戦を戦う。
世にこれ程の悲惨事があろうか」
という言葉は非常に重い。


戦争をする国になってはいけないと改めて思う。


また伊藤桂一の本も読んでみよう。



自由に釣りが出来る平和な世の中でありたいものだ。



ではまた。



前回のブログで51期生の同窓会の事を書いたが、
同窓会を成功させるのに尽力頂いたメンバーとして、
46期の吉原郁ちゃんも入っていたと、
後から聞いたのでここに記しておきます。
郁ちゃん、お疲れさまでした。

前向き思考

森山's Honey Buket 349


「ピピピッー!」

甲高いホイッスルの音が後ろから聞こえた。

ちらりと振り返ると、そのホイッスルは警官が吹いていたものだと気づいた。


可哀想に誰か捕まりよったんか…


何事もなく、原付バイクでそのまま行き過ぎようとしたその時、

「ピピピピッ」と再び鳴らす警官が指差しているのが、まさかの自分だってことに気づいた。


自分が?何故?理由は????



「そこの『止まれ』で、一旦停止されなかったですよね…。確かに減速もしていたし、右方向の目視もしていました。が、ちゃんと脚をついて止まって無かったですね…」


物腰は柔らかく、丁寧な口調ではあるが、
決して「今回だけは見逃してあげる…」的余地が感じられない、毅然とした物言いだった。



万事休す



「2点減点と5000円の反則金が課せられます。」

宣告は事務的で冷たく思えた。(確かに感情移入が多くても困るが…)




嗚呼…

5… 5… 5000円も罰金か…

爪の先に火を灯すような慎ましい生活をしてることを知らんのかい!

普段は近所の子どもたちも納得するほどの安全ドライバーやねんぞ!

世の中にはもっと悪質な奴がおるやろう!そっちを捕まえてくれ‼︎

頼むわ!見逃して!


散々文句や懇願の言葉が思い浮かんだ。(当然口に出す勇気は無い)


「僕の脚は短すぎて地面に届かないんです!って言えば、お巡りさんも納得して許してくれたかもしれんのに…」と、後で中2の女子がアドバイスをくれたが、その時は思いつかなかった。





反則切符を切られ釈放された後、超模範運転で教室に到着してから、考えてみた。


罰金が課せられたからこそ、
もう同じ失敗はしないでおこう!って思えるんや…

あそこで見逃してもらったら、やっぱりまた、同じことやっちゃうよね…


一旦停止だけやなく、スピードも、信号も、
普段まあええか!って感じで勢いで犯してしまっているチョイ違反がある。


もう罰金は懲り懲りや!との思いから、きちんと違反0の自分に変身したらどうだろう?


そうすることで、大きな事故を未然に防げたり、大難を小難に留めてくれたりに繋がるのかも。


きっと今度の5000円は人生の役に立つはずや!
人生万事塞翁が馬…


どこまで、前向きやねん!
と、少し呆れもするが、
今回の失敗を生かすことにしよう。



今から反則金振り込んできます!





PS
振り込み窓口で飴ちゃん3個貰いました。
1個1666円!ありがたく舐めることにします。

手紙~未来 10年後 51期生同窓会

むこう向きのおっとせい その417

4.5.6日の2泊3日でFFC 今年最後の小豆島での合宿があった。


総勢8名。


今回もそれぞれにいろんな経験を積んで釣り力はアップしたことだろう。


とても充実した時間だったので、そのことも書きたいのだが、
今回のブログで書くのはこの合宿の事ではなく、
3日に行われた51期生の同窓会について書こうと思う。



5月に44期生で元スタッフの森田君が、
51期生の同窓会を若江教室でやりたいという事で、
私の都合を聞きにやって来た。


学園では19期生の時から毎年卒業式をやって子どもたちを送り出すのだが、
その最後に卒業記念映画を上映している。


最近は助手の先生方がその制作にあたり、
時期が近づいてくると夜を徹して作業にあたってくれている。


その映画に懸ける彼らの情熱は半端ではない。


子どもたちを喜ばそうという思いが溢れている。



51期生の卒業記念映画のタイトルは
『手紙~未来』


森田君を始め、その当時のスタッフが多大なるエネルギーを注いだ作品だ。


その映画を鑑賞した後、これが今回同窓会のメインなのだが、
51期生が10年後の自分に向けたメッセージを記録したものを観た。


10年後の自分に語ったものを10年後に集まってみんなで観ようと
その当時のスタッフたちが生徒と約束した事が実現したのだ。


10年ひと昔。


10年という年月は人や環境を大きく変えていく。


しかしながら、年月が変えていくものもあれば、変えないものもある。


一緒に映像を観ながら、こうして集まってくれた彼らの中に
学園での思い出が変わらずに残ってくれている事が感じられて、
とてもうれしかった。



久々の再会。


その当時の専任の先生、スタッフもたくさん集まってくれて、
時計の針が逆回転した。



懐かしさに溢れたとても素敵な時間だったのだが、
こうして会うことは当分ないというか、
もう会えない人もいるのだろうなと思うと、
会が終了した後しばらく切なさに襲われてしまった。


でも形には見えないけれど、
どこかでつながっているのだと思う事で、
自分を納得させることにした。


年よりはつくづく面倒くさいものだ。


それにしても今回の同窓会は、
51期生の西野君、山中君、そして44期生の森田君達の尽力がなければ実現しなかった。


特に森田君はスケジュール作成、宴の準備、司会などなど
大変なる労力を費やして頂いたのだが、その行動力は素晴らしかった。
やはり物事が実現するためにはこんな情熱を持った人の存在が不可欠ですね。


3人の方々、本当にお疲れ様でした。
そして、ありがとうございました。


ではまた。
s-51期同窓会2
s-51期同窓会1

ミステリー

お久しぶりです。
家のパソコンでブログを書こうとすると
『無効なアドレスです』と言われ続け
家では繋げなくて
これ幸いと、いや、不本意ながらブログが書けなくて
今日は若江校に出向いた

ブログだけじゃなくメダカの餌が気になって来たのでもある





メダカといえば、未だにミステリー以外の何物でもない出来事があった


実験の使い残りといえば失礼だけど、夏前には3匹いた


その頃は真也先生が餌をあげられない状況の時だけ


時折餌をあげていた



ふと気づくと3匹が2匹になっていた


あれあれあれ、藻の中に隠れてるの?


いやいや今日はどこにもいない…


共食いはしないと聞いたけど…




真夏を迎え、実験室の窓際では水温が上がり過ぎて良くない、と、メダカの飼い方に書いてあったので


夏の間はエアコンをつけてる時間の長い職員室通路に移動させた


夏は水の蒸発も早いけど、水の汚れも早い


藻も傷みやすく、茶色くなったので新しい藻を講入


すると今度は、タニシではないみるみるうちに大きくなるスネールとかいう厄介者の貝が発生



うう…気持ち悪い



けど…取ったらなあかんし



石の中に貝が残ってたらまた繁殖するし



水槽を洗い



石を洗い



石に熱湯をかけ



尚且つ天日干しにする






私、別にメダカ好きでもなんでもなかったよね?



なんでこんなに世話焼いてるんやろか?



まあ、わからんけどええか…





無事綺麗にできたし、その後の貝の発生はなさげで良かった~♡




そして、また幾日か経って水替えをした


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この可愛いバケツに2匹のメダカを移し


ブクブクをほりこんで



洗った石を水槽に戻し



一昨日からカルキ抜きをしてた水を入れ




さあ、メダカちゃんお待たせ~☆



はあ?



なに?



ウソッ!!




どこや!


何処?


いずこ?


おらん!




バケツのめだかが1匹しかおらん…(@_@;)



落ちた?


飛び出た?


そこらじゅう、紙ごみ入れの紙も全部出して


床も、棚も、ファイルの間も見たけどおらん…


こんなミステリーあるやろか?




こんなことなら水替えしなければよかった…😢



一人ぼっちにしてしまってごめん…🙇


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この謎解きができる方がおられたら


是非とも若江校にご連絡くださいm(__)m




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