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藤原学園の『年中夢求』日記

〜今日も顔晴るみんなへ〜

学びました・・・新たに。

森山's Honey Bucket 198

 
 学びました…新たに。


「質問ないかい?」

声を掛けてもなかなか質問のできない子がいる。

質問するのは結構勇気のいることだ。


 だから「質問。」と言って手を挙げた子はまず褒める。

成績が振るわない子が「質問!」と挙手したときは大いに褒める。

そして、できるだけ丁寧につきあおうと心掛ける。



質問しやすい環境を創ること。

質問してもらえる人間関係を築くこと。

わからないことをわからないと言える環境づくりをするのが、自分の仕事のひとつなのだ。



ぼくは「質問をする」という行為を、

環境さえ整えれば、やがて皆が質問できるようになる…と少し安易に考えすぎてきたようだ。

しかし、それは僕が考えてきたより、もっとハードルが高い難しいことだ…とつい先日考え直すことになった。



それは、ぼくがお役所の主催するとある会議(事業説明会)の場で学んだ。



その会議は、行き届いた会議用資料を前に、

若く頭の良さそうな公務員の丁寧な説明を聞くかたちで進行した。



会が終了に近づいたとき、司会者から

「只今から質疑応答の時間を取らせていただきます。」とアナウンスがあった。


僕自身は質問するべきことがなかったし、もともと質問しようとも思っていなかったので、

そのまま散会になるだろうと思っていた。

しかし予想を裏切って、ホール内の人々から次々に質問が出され、

役所の方々はその一つずつに誠意をもって答えていた。


いずれの「質問」や「回答」にも、

「なるほど…確かに尋ねないとわからなかったなあ。」とか、

「ああ、そういうことだったのか」とか、感心しきりだった。




僕は、自分が「どこがわからないかすら、わかっていない」状態だったのだ。


もっと根本的には、


「わかろう」とか「わかりたい」とかいう気持ちに欠けていた。


質疑応答が続けられるほどに、不熱心な姿勢だった自分を思い知ることになった。



 
 質問する中学生(小学生)を育てるということは、

「わかりたい」と思う気持ちをもった中学生(小学生)を育てることだ。



 では「わかりたい」という気持ちはどこからわいてくるのか?

 

 平素から

 もっと学びたいと感じさせられる「授業」

 休んだり遅刻しては損をする…と子どもたちに感じさせる「授業」

 
 そんな授業があってこそ、子どもたちの心が「もっと知りたい!」と声を上げ、

 わかりたいから「質問」を始めるのだ。



 連日「質問」がたくさん出てくる期末テスト前の今の時期だからこそ、

 「わからないところがわからない」と質問できない子の心に添い、

 「わかりたい!」気持ち開花させるよう努めたい。
  

 
 











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