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藤原学園の『年中夢求』日記

〜今日も顔晴るみんなへ〜

●むこう向きのおっとせいその213

今日教室に行くとき、激しく雨が降っていた。


駐車場から教室までの短い距離だったが、ズボンや肩はすっかり濡れてしまった。

教室についてから、どれくらいの降水量だったのだろうと思って、アメダスの画像を見てみたら、

1時間の降水量が10㎜以上の雨が降ったようだった。



降水量の事が気になって、調べてみた。


降水量と言うのは1㎡あたりにどれくらいの雨が降るかということで、

降水量1ミリというのは

100㎝×100㎝×0.1㎝=1000cm³=1Lにあたる。


人が雨にぬれる面積を50㎝×50㎝とすると、人が受ける雨の量は1時間で250mLになる勘定だ。


これは結構な量で、1時間に1ミリの雨でも、傘をささずに10分間外にいれば,

びしょぬれになってしまうだろう。



そこで過去に日本で降った降水量をいろいろ調べてみた。



驚いたことに、日降水量の日本記録の中に

「星くずの村」のある、小豆島の内海が歴代4位に入っていることを見つけた。



1976年9月11日。今から37年前。


奇しくも同時多発テロと日付は同じ。


一日に降った量が、790ミリとある。


もし人がそれを受けたとなると、250mLの790倍。197500mL、197リットル。

2リットルペットボトル約50本の量になる。


大雨で多大な被害を受けたということは聞いていたが、改めて数字をはじいてみて、

とんでもない雨が降ったんだなと思った。



その時の記録の載った記事があった。

「昭和49年7月6日に雨の少ない香川県小豆島の内海町を、台風にともなう日雨量365mmの豪雨が襲った。
この豪雨は大規模な土石流を発生させ、内海町では死者29名にも及ぶ大災害となった。また51年9月8日~13日にかけて雨量819mmのすさまじい豪雨に見舞われた。連続雨量の最大は土庄町灘山で1,433ミリ、日雨量の最大は11日に内海町内海ダムで758ミリを記録した。この大雨のため、随所で山腹崩壊による土石流や崖崩れが発生し、池田町谷尻地区の24人のほか39人が犠牲となった。また、越水した濁流により池田町、内海町の中心部のほとんどが水没し、土庄町を加えて3町合計の被害は床上浸水2,231戸、床下浸水2,940戸のほか、農地の冠水により甚大な被害を受けた。内海町では再び土砂災害などが発生し、6名の尊い生命が奪われた。

そこで昭和55年7月6日、二度にわたる大災害の犠牲となられた方々の御霊を慰めるためと二度と悲
しみを操り返さないことを祈り、土石流となった土石を集め、「やすらぎの塔」と名忖けた慰霊塔が建立さ
れた。」




写真を見ると「やすらぎの塔」は、今までもよく行っていた所にある。



降水量のことを調べていて、思わぬ事実に行き当たった。



昔から雨の景色は好きだったが、

自然はいったん牙を剥くと、とてつもなく恐ろしいということを

改めて思った。



ではまた。
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