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藤原学園の『年中夢求』日記

〜今日も顔晴るみんなへ〜

ほめること ほめられること

森山's Honey Bucket 223

 「う~ん、ちゃんと見えん!」

そろそろ2代目の老眼鏡に買い替えなければ…そんな53歳11か月。


だけれど、小学5年生の遠足で、担任の吉田先生から「偉い!」とほめてもらったことはよく覚えている。

中1のときは技術科の東松先生に、中2のときは親友の松本君に、高校1年では美術部の増地先生にほめてもらったこともだ。


 ほめてもらったことは、脳のどこかしらに刻まれ、いつでもふたを開くことのできる宝箱として置かれているようだ。


 今朝ふと、さっき書いたほめられたことすべてに共通する点がある・・・と気づいた。


 どれも、ほめてもらおうとは意識していなかった・・・ということだ。

これは、なかなか重要な共通点だ。


心のどこかで、誰かにほめてもらいたい・・・と思って行動しているときは、

行動の目的の一部は「他人に認められること」に向かっている。


だから、決して無心に打ち込む仕事になっていない。


例えそのとき、どこかの誰かが僕のことを見ていてほめてくれたとしても、

ほめられることは半ば想定の範囲だったわけだから、自分の心に永く留まるような喜びにはならない。

宝箱の中には納まらない。


 しかし一方

どこかに誰かの目があることなどまったく意識せずに、

自分がやらなければならないことだ・・・と責任感の下に行動したり、

他の誰かの役に立つと信じて仕事をしたり・・・

そんな無心な行為をしていたとしよう。


それを、偶然どこかの誰かが目にとめてくれ、

「君は素敵なことをしているね・・・」と感じ、そうつぶやいてくれることがあったとすれば、

それがきっと宝箱入り級の「ほめられる」ということになるんだ・・・と思う。


 幸い僕は、子どもたちを「ほめる」チャンスに恵まれた職業に就かせてもらっている。

子どもたちにとって、「あのとき先生にほめられたなあ・・・」と記憶にとどめてもらうようなほめ方をしたいものだ。


「自分自身のため」または「他人の役に立つため」に無心に行動している子どもたちに一人でも多くに遭遇できるよう、

子どもたちそれぞれをしっかり見つめておく必要がある。


やっぱり老眼鏡は新調するか・・・













 


 



 



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