FC2ブログ

藤原学園の『年中夢求』日記

〜今日も顔晴るみんなへ〜

確かめる2

●むこう向きのおっとせい その255

(9月8日のブログの続きです)

入って来た方と反対側にお墓の入口があった。


その両脇に松の木が立っている。


間違いない。ここだ!


このお墓こそが、数十年前に肝試しをした場所だ。


改めて石の台を眺める。


ヒゲ先生の姿、置いてあった紙と鉛筆が目に浮かぶ。



松の木の前には、湖沿いに道があった。


昔、朝の散歩で歩いた道かもしれないと思って歩いてみる。


中村さんの家は近いはずだ。足が早まる。



しばらく歩くと民家があった。



人の姿が見えたので、「この辺りに民宿をしていた中村さんというお家はないですか?」と

尋ねた。


「民宿はこの辺りではないな。私のところも昔はたまに人を泊めていたけれどね。

民宿を営んでいるところは心当たりがないね。」

と仰った。


その後しばし江若鉄道の話や昔の琵琶湖の話をして、他を当たってみようと思った時、


その人が「このうちは中村さんだけどね。」と道をはさんだ家を指して言われた。


なんということだ。


民宿ではないので、違うと思われたらしい。


表札を見ると確かに「中村」と書いてある。


中を覗いてみると、ちょうど納屋から人が出てきたので、

「昔ここで大阪の塾生が合宿してなかったですか?」と尋ねたら、

「ああ、そんな話は聞いたことがあると。」との返事が返って来た。



ついに見つけた。


紛れもなく昔合宿させて頂いていた「中村さん」だった。


お話をした人は中村さんの娘婿さんだった。



中村家には昔のままの建物が1つ残っていた。


ニワトリ小屋の跡もあった。



ひとしきり昔話に花が咲いた。


五右衛門風呂のことも確認。


横を流れていた川は暗渠になっていた。


中村さんは、ヒゲ先生が合宿を終えた後、民宿はしておられなかった。



建物と一緒に写真を撮って頂いて、中村家を後にした。



こんな遠いところまで、子どもたちを連れて、

電車に揺られ、重い荷物を担いで、合宿を実施していた、若き日のヒゲ先生。


その教育にかける情熱を、改めて思い知った小旅行だった。



自分はまだまだだ。



ではまた。
s-中村家

Newest

Comment

Leave a comment

Designed by Akira.
Copyright © 藤原学園の『年中夢求』日記 All Rights Reserved.