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藤原学園の『年中夢求』日記

〜今日も顔晴るみんなへ〜

めざせ!「第二実験室」復活

森山's Honey Bucket 273

僕の記憶によれば、30期生・31・32期生の方々が中学生として在籍しておられた頃、

学園生数は最も多く、今里本部校だけでもおよそ400名の小中生のみなさんが通学してくれていた。

中3に至ってはA組〜E組まで5クラス。しかもどのクラスも教室は満員状態だった。


そんな当時にヒゲ先生が造られたのが「第二実験室」だった。

今も現役で活躍中の実験室は、当時は「第一実験室」と呼んでふたつを区別していた。

実験室がふたつできたことで、同じ曜日の同じ時間帯に並行して理科授業をすることが可能になった。


開所以来、実験担当はヒゲ先生が主にお一人でしておられた。

がしかし、真也先生をはじめ幾人かの専任の先生方が、技術を習得され実験授業を担当されるようになったことも、ヒゲ先生が二つ目の実験室を造られた大きな要因だったろう。

第一実験室のおおよそ半分の広さの第二実験室はこじんまりしていた。(といってもMAX32人は実験できる設計)

僕はこの小振りの実験室が好きで、「いつか自分もここで実験を指導するのか・・・」と不安交じりの期待感を抱いた記憶がある。


その「第二・・・」が今は実験室として働いていない。

いや、実験室からみれば、「働きたくとも働けない!」のだ。

残念ながら実験授業を並行して展開する必要がない・・・という事情もある。

が、実験室として活用出来ない最大の理由は・・・

この春畳んだ上本町校の実験機材や荷物の多くが、ずっとうず高く積まれたままだからだ。

つまり今は完全に倉庫化している。


上本町校からの引っ越し荷物は相当な分量だったから、当面の避難着陸場所として、第二実験室を選ばざるを得なかったのは仕方ない。

それにしても、引っ越しからかれこれ半年・・・。 片づけるに片づけられないまま放置してしまった。

放置していたただけではない、むしろ日に日に雑然の度合いが増し、ついに手のつけ様のない今のありさまになった。

嗚呼、責任は僕にある。

昨日も、山積み荷物を眺めつつ、整理法や格納法を思案したが、妙案が浮かばないまま時間だけが過ぎた・・・


しかし昨日、信ちゃん先生と相談して「心に決めた」ことがある。


「第二実験室」を整えられた荷物置き場にするのではなく、本来の「実験室」としてよみがえらせるいうことだ・・・


ヒゲ先生の熱い想いを汲み替えせばそのようにするのが当然だ。

先生もきっと喜んでくださるに違いない。


構想未整理。前途多難。

でも究極の理想は持てた。


先生方の力をいっぱいいただきながら「第二実験室」をきっと復活!させます。









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Comment

ロバート #-

2002年当時上本町校で小6だったロバートです。

上本町校いつの間にやら、閉校なさってたのですか、、残念です。こうして、たまに先生の文章を読んで、密かにあのころのことを思い出したりしてます。

これからもお元気で、熱い教鞭を振るってください!

2015/10/12 (Mon) 21:39 | URL | 編集 | 返信 | 

藤原学園実験教育研究所 #-

Re: ロバートK翔平様へ

ご無沙汰しています。
コメントくださってありがとうございます。(めっちゃ経ってしもうたけど…)

テレビの取材覚えてますか?
「1日でも休むと損をする気になる…」って言ってくれてたの…

先日、ベーヤンとキッキが10年ぶりに顔を見せてくれました。
ロバート君も社会の一線でご活躍のことでしょう…

また機会あったら顔見せてね。
お母様によろしく〜


2002年当時上本町校で小6だったロバートです。
>
> 上本町校いつの間にやら、閉校なさってたのですか、、残念です。こうして、たまに先生の文章を読んで、密かにあのころのことを思い出したりしてます。
>
> これからもお元気で、熱い教鞭を振るってください!

2016/05/02 (Mon) 07:04 | URL | 編集 | 返信 | 

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