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藤原学園の『年中夢求』日記

〜今日も顔晴るみんなへ〜

たとえ一人でも

ワクワクの土曜日担当、池畑ことあっくんです☆
本日も僕のヒトリゴトにお付き合いください♪


1865年12月15日


「これより長州男児の腕前をお見せする」

そう言って、藩を、いや日本を変えるために一人の男が立ち上がりました。


男の名は、

高杉晋作



第一次長州征伐で15万の幕府軍にボコボコにされた長州藩は、

「幕府には反抗せずにおとなしく従おう。」

という考えが主流派になっていました。


しかしこのまま徳川幕府が残れば、他のアジア諸国のように日本も欧米の植民地となってしまう。

そうならないためには、徳川幕府を倒して日本を作り変えないと。


そう考えた高杉晋作は、まずは長州藩を倒幕に変えるために立ち上がったわけです。

敵は長州藩の保守派、約2000名。


高杉晋作の呼びかけに応じ、クーデターの拠点となる雪の積もる功山寺に集まった数はなんと、







84名。





2000名 VS 84名



しかも、その後ろにはさらに幕府15万が控えているわけですから、実質は


152000名 VS 84名




ですね。



普通に考えたらどう考えても無理。


僕ならあきらめます。


「張り切って立ち上がってみたけど、これは無理っすね。集まってくれた皆、ごめんねー。解散!」

てな感じで。


が、高杉晋作はあきらめない。

彼なら一人でも決行したかもしれない。



結局、このクーデターに成功し、大挙してやってきた幕府軍まで打ち破ってしまいます。


その後は皆さんが歴史で勉強している通り、長州藩・薩摩藩を中心とした勢力に徳川幕府は倒され、日本は明治維新へと進んでいきます。



明治維新への道は、高杉晋作というたった一人の男の本気から始まったと見ることもできるでしょうね。


5月17日は高杉晋作の命日でした。

本当は先週にこの記事を書こうとしていてすっかり忘れていました。



戦いは一日早ければ一日の利益がある。
まず飛びだすことだ。思案はそれからでいい。
(高杉晋作) 

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