藤原学園の『年中夢求』日記

〜今日も顔晴るみんなへ〜

子どもたちと育ち合える喜びを感じつつ

森山's Honey Buket 358

10日間の入院生活を終え、やっとの思いで娑婆に戻った。
とは言え、まだ食べものには制限が多く、いたって好きなアルコールや珈琲も今暫く我慢を余儀なくされている。


しかし、子どもたち相手に授業が出来るようになった喜びは大きい。
今日の授業は上手くいかんかったなあ…と、相変わらず反省も多い。

それでも1日を終え教室を出るときに、なんかニンマリしてしまうのは、やっぱりこの仕事が好きだということなのだろう。



さて昨日、探し物をしていたら、ふと懐かしいものが目に止まった。


上本町校校長時代に出した新聞チラシの中の挨拶文だった。

読み返すと、そこに書かれていた子どもたちとの場面がありありとよみがえり、「そうなんだよなあ……」と一人で感激した。




子どもたちと育ち合える喜びを感じつつ

と題したその挨拶文は…





「でも……このコマユバチとしては こんなふうにしないと 生きられへんかったんちゃうの?」



小学3年生の子たちと、春のキャベツ畑から採集してきたモンシロチョウの卵や小さなアオムシを飼育・観察していたときのことでした。


いっぱい食べていっぱいフンをし、脱皮を繰り返して まもなく“さなぎ”へと成長を遂げる終令のアオムシ。


が、そのアオムシの背中が突然裂けて 中から小さな幼虫がウジャウジャ無数に這い出してきたのです。
(これがアオムシコマユバチなのか……知識としては知っていたけれど)


子どもたちに直視させるにはあまりにも凄惨。
教科書や参考書・図鑑でも、まして児童用教育ビデオなどでは お目にかかることのない衝撃的情景でした。


驚きの次に私と子どもたちに同時に湧き上がったのは、このウジャウジャの小さなヤツに対する憤りでした。

卵や一令幼虫から育て まもなく羽化するモンシロチョウ。その可愛い姿を思い描いてきた我々には、夢を叩き壊したコマユバチの存在が許しがたいものに思われたのです。
皆、口々にそんなことを言い始めました。



と、その時でした。ある男の子が、小さいけれど はっきりした声で

「でも……このコマユバチとしては こんなふうにしないと 生きられへんかったんちゃうの?」

と言いました。


我が耳を疑いました。

もう一度彼の言葉を反芻し、やっと彼の真意(コマユバチの立場から考えた「生」)を納得することができました。

周りの子たちも何かを感じとったようでした。


「そうだったんだ。これこそが『自然』なんだ……」


とても大切で、大きなことを 私は子どもから 授業中に教わりました。





理科実験や観察は筋書きの決められたショーではありません。

授業ごとの 小さな発見や喜びが こつこつと積み重ねられて やがて確固たる自信を築くのです。


知識やテクニックのみを 競争させながら身につけさせる方法は一見たいへん効率的であり、成果は短期間に数値となって反映されることもあるでしょう。

しかしそれだけでは、本来 子どもの成長にとって大切にすべきことを軽視することになりはしないでしょうか?



藤原学園実験教育研究所 森山隆伸(上本町校校長・理科担当)



上本町校を任されて5年目、僕自身の思いや情熱が噴き出している文章だった、と感じる。



もはや、歳は取り故障の多い身体になって来た。

しかし、子どもたちに向ける情熱は錆びついたものにはしたくない。改めてそう感じさせてくれる時間となった。

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