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藤原学園の『年中夢求』日記

〜今日も顔晴るみんなへ〜

むこう向きのおっとせい その4



 ★若江岩田教室




昭和57年 秋一通の手紙が本部教室に届いた。

 

若江岩田にある電気屋さんからで、倉庫があいたので、

教室として使わないかという内容のものだった。

 

その当時、分教室は出さないというのがヒゲ先生の方針だったので、

本来なら可能性のない話だったのだが、

場所が若江岩田というのが、大きなポイントとなった。


 

ヒゲ先生が戦後初めて勤務したのが、若江国民学校だったのである。

 
 

とりあえず、あの辺りがどうなっているのか見て回って、

ついでに教室も見てみようということになった。



教室見学はついでであったのだ。


 

ヒゲ先生の思い出話を聞きながら界隈を散歩したあと、その物件を見に行った。

 

中に入ると担当の方がおられて、随分熱心に勧誘頂いた。

 

物件は倉庫あとで80坪と相当に広いものだった。中はがらんどうで何もなかった。

ただ建物の前は公園で雰囲気は非常によかった。

 

また後日返答しますと答えて帰りかけたとき、

担当の方が

「いろいろのデータを調べて、我々としては藤原学園に入って欲しいと思い手紙を書いた。

ぜひ検討いただきたい」とまた熱心に語りかけられた。



そして「別の人もこの物件を見つけて、入りたいと言ってきている。」と外にいる人をさして言った。

 
 

その時、ヒゲ先生が私を振り返り「お前やってみるか?」と聞いたのだ。

 
 

それが若江岩田教室のスタートであった。





 



先日若江岩田教室の下に新しいスーパーがオープンした。

スーパーが入ることが決まってからは突貫工事だった。




 (まったく様子が変った)


その工事に伴い、我が若江岩田教室の様子も、

長年使った階段がなくなり、ずいぶん汚れていた

廊下の壁や天井がきれいになるなど、様子が変った。





 (新しい階段) 



(東側にあった階段はなくなった)

前のスーパーが撤退を決めたときには、教室の移転も真剣に考えたが、

紆余曲折を経て、

この場所でまた子どもたちと心おきなく触れ合う事が出来ることになった。

 

そのことを望外の幸せと感じ、またあらたな歴史を刻んでいきたいと思っている。

 

 

      「出会わない方がよかったという人などいないと言ってくれ」

                                                       中島みゆき

                                             

                                                                                                           ではまた。

                                                                                                               真也


   


 






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