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藤原学園の『年中夢求』日記

〜今日も顔晴るみんなへ〜

受験

 小学生の卒業文集に将来の夢を書く欄があって、そのとき初めて、将来に何をするかを考えた。その時点ではまったく何になりたいとか無かったので、友だちが書いていた「建築士」をまねして書いた。まあ、ものづくりは好きだったし、大工さんにもあこがれていたので、いいかなあと思った。



 中学生になり、高校を選択するとき、早く働きたいと思い「高専」を受験した。高専は5年生の学校で高校と短大を足した様な学校で、就職率もよかったし、大学に行きたいと思えば編入できるとも聞いたので選択した。けれども、学科を選択するとき、「建築学科」は近畿では国立明石高専しかなかった。合格すれば寮生活になるなあと思いながら、始発近い電車に乗り、明石高専の近くの「魚住」駅に向かった。社会が難しかった。そのことを引きずったのかどうかは忘れたが、数学の最後の一問が解けなかった。帰りの電車でもずっと考え、ようやくわかった。ひょっとしたらそのせいで、数学以降の教科に影響を与えたかもしれない。結果は合格していたら郵送という、現代では考えられない発表方法だった。現時点でまだ合格証書は届かない…。

 いつまでも待つわけには行かないので、公立高校の願書を出すことにした。私立高校を受験しなかったので、万が一を考え、安全圏の高校を受験することになった。結果的にはいい高校生活だったと思えるので、特に後悔はないが、もし、私立高校を受験していれば、また違った人生になったのかもしれないとは思う。



 高校は普通科だったので、大学を受験することにした。学科はやはり建築学科だ。友だちのまねから始まった目標だが、他にそれ以上のものも見つけていなかったのでそのまま目標になった。建築学科が目標なので大学は家の近くの大学を受けた。受験は数学と化学が満点近く取れたと思うので、苦手の英語を十分カバーしたと思う。



 大学入学後、学園から手伝わないかと声をかけていただき、そのまま何十何年。好きだったものづくりもでき毎日を楽しくさせていただいています。高専の合格証書が来なくてよかった…。



 PS:ネタ切れ日記もネタ切れになりましたので、昔話(本人はそんな自覚はありませんが)にしました。 



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