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藤原学園の『年中夢求』日記

〜今日も顔晴るみんなへ〜

いのち

森山’s Honey Bucket 106


昨日23日 父の納骨をすませた。


父母が病を得

父が逝き

我々夫婦も歳を重ね…と、

以前に比べ、

「命」について考える機会がふえた。

 

父は亡くなる寸前 どんなことを思ったのか…

母はその心の奥で、完治の見込みのない病とどう向き合っているのか…


自らにも必ず訪れる「死」。

その時、自分は果たして冷静にそれを受け止めるられるのだろうか?


少なくとも今は

「死」の恐怖を受け止め、打ち勝つだけの精神力は

自分の中にまだ育っていない。



そんな僕に、

先日の『朝日新聞』に掲載されていた

本川達雄という生物学の教授がされた

「命」の解釈が、一つのヒントと勇気を与えてくれた。


以下はその抜粋である。



「命を永遠にしたい、ずっと続けていきたいというのは、

これは生物本来の欲望です。

しかし、それは個体が生き続けるのではない。

体を使っていれば、すり切れてガタが来るに決まっています。

生きているのも大変だし、エネルギーも余計に使う。

だったら定期的にまっさらの新しい個体、つまり子どもをつくちゃおうと。


適当なところですっと消えて、子どもに譲る。

そうすれば、「私」は次の世代として生きていくことになります。

これが生物が続いていくやり方です。

(本文はまだ続くが…)



父が僕の心の中で生き続けているように

「精神」は誰かの中では生き続ける

と信じている。


とは言え、やはり

命の消滅と同時に「肉体」は無になるのだ…という観念が拭えず、

それが「死」に対する恐怖になってきた。


でもかの教授は

生命学的に

「自分の命は次の世代に生きる。」

と断言しておられる。


それなら、子どもを授かった時点において、

僕の命は次の世代にも生きることを許されたのだ…




どう考えても、小中学生のみなさん向きでない内容のブログになったが、

ここまで読んでくれたのならば


自分の命は自らのものである以外に、

両親やおじいちゃんおばあちゃん

顔すらよく知らないご先祖さま

の命でもある…


そんな視点も持って

少なくとも親御さんより長生きするんだよ。

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