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藤原学園の『年中夢求』日記

〜今日も顔晴るみんなへ〜

三つ子の魂百まで

森山’s  Honey Bucket 115

 今日は雪の舞う冷たい一日だった。
ふと…47年も前のことを思い出した。

 もうすぐ幼稚園に入園という時期の冬。
ぼくは見たこともない程の積雪を体験した。

 雪の重みに耐えかねて、駅前の商店街のアーケードが落ちたと騒ぎになっていた。
近所の子たちとそれを見に行くことになった。
 ドキドキしていた。でもそのわけは、これから見るアケードだけにあったわけではない。


 親にだまってどこかに出かけることなんて、ただの一度すらなかった僕。
それは「初めてのおつかい」ならぬ「初めての大冒険」だった。

 アケードの梁がグニャリと曲がってひしゃげ落ちようとしていたこと、
たくさんの大人たちが、そこに集まっていたこと、を覚えている。

 
 それを見たらすぐに帰るはずだった。なのに…
小さな仲間のうちのだれかが、もっとどこかへ行こう!と言い出した。

 そこからがぼくにとって本当の「冒険」になった。

 「冒険」と書いたが、本来その言葉の持つチャレンジ精神を僕が持っていたわけではない。
 その理由は、雪多い危険な道を進むことへのワクワク感や見知らぬところへ行ってみることへのドキドキ感があったわけではなかったからだ。

 親に告げず「ちょっとそこまで…」と出かけた初めての「わるさ」が、
今まさに、もっと大きな「わるさ」に変わろうとしていた。
 そんな後ろめたさと闘う「冒険」だった。

 大雪の後に大阪市内への引っ越しが決まった僕は、その日の冒険仲間とは違う幼稚園に通園することになった。だから今その子たちの顔も名前も何一つ覚えていない。
 まして冒険の道すがら、どんなことを話しながら歩いたのかもまた全く記憶の外だ。

 が、お稲荷さんに並ぶ赤い鳥居、黒っぽい格子窓の続く古びた家並、がらんと広い御坊さんの境内…、そんな景色は脳裏にあり、今も時折夢に出てくる。(よほど緊張感を持って辺りを見ながら歩いていたのかなあ…)


 どれほどの時間仲間と歩き回ったのかはわからないけれど、僕の「冒険」は新たな局面を迎える。僕自身が大きな決断をしたのだ。

 「もう、この子たちと別れて、自分一人で家に帰ろう!」というものだ。


 見知らぬ場所から一人で帰路につくという不安を心の片隅に押しやるほど、親を裏切っている自分の行為に対する不安が大きくなったのだ。
 いや、もっと正直には、お父ちゃんの「怒り」に対する不安に心が完全に支配されたと言うべきか… きっと切実だったのだろう。

 来たはずの道を必死で逆に辿り、お稲荷さんからは脇の小道を選んで近道をした。
 急ぐ歩み中、「どうか僕の無断外出がまだ両親に気づかれていませんように…」と願い続けた。

 でも、祈りむなしく、自宅(工場)前の道で、すててこ姿のお父ちゃんが仁王立ちしていた。観念しなければならなかった。それまでの人生一、容赦なく叱られた。

 かくして、僕の初めての大冒険は、その途中からずいぶん情けないものになり、涙涙の結末に至ってしまった。




 「三つ子の魂百まで」ということわざがある。

 よく言ったものだ。


 自分は、こんな年齢に達しても、やはり大きな冒険ができない心小さい奴だ。

 何かを始める時の勢いはよくても、必ずどこかで尻すぼみ。

 そしていつもどこかしら、両親に対し良いところを見せよう…とか、余計な心配をかけるまい…とか、叱られるようなことはするまい…とか、考えている。

 
 幼稚園入園前の自分と今の自分、基本的にどこも変わっていないのだ…(笑)


 
 「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と、リスク覚悟で大勝負に出る人生。
 「石橋を叩いて渡る」堅実な人生。
 「石橋を叩いて叩いて結局渡らない」人生。
 
 人それぞれにそれぞれの生き方がある。
 きっと何が正解で、何が不正解というルールはない。

 「ハッハッ」と笑って、「自分の人生はこれでよいのだ!」と思おう。思うぞ!思ってやる!

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